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「今、ここ」を生きる

考えてみると、私たちの意識はいつも「過去の経験」や「未来の予測」に満ちているような気がします。

たった今、目の前の仕事をしながらも、心はすぐにどこかに飛んでいってしまう。
特に、自分の自由になる時間だと空想、予想、反省、心配、不安などが頭のなかを行ったり来たりします。

先日、少しの時間でも「今、ここ」だけにフォーカスしてみようと思い立ちました。
まず玄関から出て、駅に向かう。
木々の下を歩いていると、緑の葉が生い茂っています。
新緑の頃から比べると、ずいぶん緑の色が濃くなったのだなぁと感じます。
樹の上から鳥たちの声も聞こえてきます。
あの鳴き声は雀じゃなさそう。

するとどこからか、おいしそうな匂いがしてくる。
なんだかこの匂いは、昔々、学校の調理室から漂ってきた給食の匂いに似ている・・・。

前方から小さな子たちを連れた保母さんが歩いてくる。
道をあけながら、このコロナの時代に子どもを預かる人たちも大変だと考える。

すると信号。
あ、あの人は赤なのに渡った・・・。
それにしても自粛の頃に比べると、道を歩く人の数は格段に増えている様子。
もうそろそろ駅だ、スイカ(果物ではない)を用意しなくては。

「今、ここ」にフォーカスすると、意識はさらさらと流れていきます。
どこかにひっかかったら、すぐにまた目の前のことに意識を戻す。

ともすると私たちは、哲学しながら日常生活を送っていたりします。
あるいは何事にも価値批判しながら、道を歩いていたりする。
「あれもけしからん、これもけしからん、自分もけしからん」

ただ駅までの道を歩いているのに、いやな気持、重たい気持になることすらある。

ただ、「今、ここ」に目を向けているだけなら、意識は流れ、あとには何も残りません。

リフレッシュしたいときには、こんなふうに「今、ここ」の時間を持つのもいいかもしれない。
これは、森田療法の技法のひとつでもあり、今流行のマインドフルネスの方法でもあるのですね。

あじさいT.H氏撮影

トニ・モリスン

ずっと「読書ブログ」を書きたいと思っていました。
けれどブログを別個に作って書くほど、このところの読書量は多くはなく、かえって面倒かもしれないと逡巡して、結局ここに書くことにします。

以前はもっと映画のことや本のこと、アートのことを書いていたのですが、最近は森田療法お勉強ブログのようになってしまい、何か不完全燃焼感がありました。

まぁ、私のブログなので何を書いても私の自由。

昨今の米国の状況を見て、トニ・モリスンのことを書きたくなりました。

以前私は、短編よりも、長くてテーマが重い小説を好んで読んでいました。
たとえばドストエフスキーなどです。
けれど最近どうもドストエフスキーが「観念的」に思えてきて、本は全部手放してしまいました。

偏愛しているのはフォークナー。
そのフォークナーの味わいと、ドストエフスキーの重さを兼ね備えた小説に出会えたと思ったのが、トニ・モリスン(Toni・Morrison,1931-2019)の「ビラヴド(Beloved、1988)」です。

トニ・モリスンは黒人女性として初めてノーベル文学賞を受けた作家です。

この小説の舞台になっているのは、19世紀半ばの米国。
逃亡奴隷セスは、地下鉄道(黒人の自由州への逃亡を助ける組織)を頼って子どもたちを連れて逃げます。
しかし途中で追手が迫り、セスは思い余って2歳になるわが子を殺してしまいます。
この子が自分と同じ奴隷になるのならばむしろ・・と、思いつめた結果です。

セスはこの子を葬り、墓碑銘に「ビラヴド(愛されし者)」と刻みます。
娘と二人、そして元のプランテーションで一緒だったポール・Dと暮らしているセスのもとに若い女性が現れます。
彼女は「ビラヴド」と名乗り、セスはこの女性は自分が殺めた幼児の幽霊とさとります。
ビラヴドは、セスの愛を独占しようとセスを支配し、セスもまた罪悪感からビラヴドに易々と仕えるようになるのです。
それはまるで、セスがビラヴドの奴隷になったかのような状況でした。

そんな何か寓話的な雰囲気のなかで物語が展開するのですが、何よりもすごいのが、ここに出てくる過去の奴隷たちの描写です。
奴隷たちにはもちろん人権などない。
人間として扱われない。
奴隷は簡単に殺され、その家族は所有者の都合でばらばらに売られてしまう。
気の弱い人なら途中で本を置きたくなるような描写が続きます。

そしてこれが、現在の米国人に大きなトラウマとして残る「奴隷制」の現実だったのです。
モリスンは白人も黒人も、等しく目を背けてきた過去を描きます。
このきつい過去の描写を読者に受け止めてもらうには、小説全体の寓話的な味付けが必要だったのかもしれません。
モリスンの文章には観念的なところもなく、何かの思想を喧伝するようなところももちろんありません。
しかし読了したときの衝撃、確かにノーベル賞級です。

19世紀のこととはいえ、現在の米国の暴動の背景には、このような歴史がある。
そしてまた、アフリカ系米国人にとって今でも差別は存在する。
ビリー・ホリディの歌う「奇妙な果実」のような状況がまた起こっているようです。

彼女は昨年亡くなってしまいましたが、今一度トニ・モリスンを手に取る時期かなと、「ソロモンの歌」を読み始めました。





マインドディスタンス

アベノマスクが来ました。
ありがたく受け取って、ホームレス支援のNPO団体に送りました。
このコロナの時期にも、炊き出しを行っているところだそうです。

自分が病気にかかることをこわがるばかりでなく、他の人のために何かをしようとする人のニュースが目につくようになりました。

海外では、医療従事者のための「7時の拍手」をする地域もあります。
またYou Tubeで、皆を励ますための楽曲を配信するアーティストたちも多いようです。
(もちろん広告収入ねらいではなくね)

コロナのせいで、今後、生活に困る人が急増してくるでしょう。
皆、この時期に、何らかの心の傷を抱えてしまったのではないかと思います。

誰でも同じようにウィルスの被害者。
こうやっていろいろなことが不自由になると、今までの生活がいかに恵まれていたのか、警戒感なく外を歩けることがいかに素晴らしいことだったか、こだわりなく人と会話できることがどれだけ楽しい事だったのかが実感されます。

そういう意味で、ほとんどの人が同じ思いを抱えていて、その共感のためにかえって心の距離は近くなっているかもしれません。
ソーシャルディスタンスはとりつつも、マインドディスタンスは近くなればいいなと希望的観測をしています。

何よりもこの状況下で頑張っている人の活動がリアルにわかる。
あるいは困っている人たちの状況がわかってくる。

いつもは自分のことで忙しかったのに、ステイホームでそういう人たちに目が向くようになっているのかもしれません。

捜してみると、医療従事者を支援する寄付サイトや、子を抱えて窮している家庭を支援する団体、ホームレスを支援する団体、いろいろな人たちが活動しています。

コロナ後の世界は、お互いが助け合うことが必要になってくる社会になるでしょう。
これを機に、日本でも様々な立場の人とのマインドディスタンスが縮まり、助け合うことが普通である社会になればいいなと、思ってみます。

道のバラ

仕事の早さ

ドラッグストアでは、最近、マスクが山積みになっています。
まだアベノマスクは届きません。

定額給付金のお知らせもきません。
その他の各種給付金も、処理できているのは、申請数のうちのほんのわずかだそうです。
資金繰りに困っている中小企業のかたたちは、途方に暮れているのではないでしょうか。
コロナ死も心配ですが、これから生活に窮して自殺者が増えるのではないかとそちらも心配です。

もちろんお役所の人手不足はわかっています。
そしてお役所というのは、多分こういうときに臨機応変に対処できにくい場所なのだということも理解できます。
理解できますが、「この国は大丈夫だろうか」と思ってしまうほどの仕事の遅さです。

それと直接関係はありませんが、本日は完全主義と仕事の早さのことを書こうと思っていました。
そのような問題を抱えたかたが、結構たくさんいらっしゃるようですし、私自身も仕事が早い方ではありませんので自戒をこめて。

完全主義者は、仕事をていねいに瑕疵なく仕上げることに腐心します。
「この仕事には間違いがない!」という満足感が何より大切なのです。
あるいは他人に批判されたくないために、何回も見直したり、調べたりします。
完全主義者の頭のなかには、「いかに早く仕上げたか」という価値観は、多分ありません。

どこから見ても「よくできました!」と感じることが一番大切。

けれど「早く仕上げる」のも、仕事や勉学などでは求められることなのです。
それは実社会に出た時に痛切に感じられることでしょう。
あまり周囲から「もっと早く」と言われなくても、現実に仕事が遅いとだんだん大事な仕事がまわってこなくなったりします。

勉強でもそうです。
たとえば完全主義者は、一冊の問題集を隅から隅まで、滞りなくマスターすることが一番の課題です。
自分の心がすっきりして満足するからです。
けれど合理的に考える人は、同じような問題が続いているのなら、ひとまず一問飛ばしにやって、余った時間で他の参考書や教科に取り組もうと考えます。

完全主義と仕事の遅さはやはり関連しているようです。
そして完全主義というのは、どちらかというと自分の「気分」を大切にした態度のような気がします。
効率的にできる「道具」や「ツール」があっても、あえてそれを使わず手作業でやることに満足感を覚えたりもするのです。

仕事のことを本当に考えているのか、疑問に感じる部分もあります。
自分の周囲・環境を意識すれば、どこか後ろ髪をひかれながらも、とにかく仕事を前に進め、完成させることが必要とわかってきます。

何をするにしても「時間」を意識しながら実行することは大切。

そして普段はあまり意識しないことですが、仕事の持ち時間と同様に私たちの持ち時間も限られている。
「いつかやろう」と思っていたことが、年齢や体力などの限界でとうとう時間切れになるということも起こります。

すぐに手を出す、そして仕事であれば、正確さだけでなく、効率も考える。

効率を考え、周囲との調和を考えて仕事をすると、仕事は「私の満足」だけのものではなくなる。
それが「ものごと本位」ということにもなるのでしょう。

Roses

「恐怖」について

まだまだコロナ禍のこの頃。
地域によって緊迫感が違うと思いますが、東京の私の住んでいる地区では、「通り沿いのお弁当屋さんに陽性の店員さんが出てしばらく休業」「その向こうの病院では看護師さんが一人陽性になった」など、コロナはとても身近なものです。

なので患者さんの少ない地方のように、差別されたり、いやがらせされたりということは聞きません。
人数が多すぎますので、明日は我が身です。

先日スーパーに行ったら、防毒マスクをしている人がいました。なんの冗談かと思いました。
その向こうには口を大きくあけてガムを噛みながらレジに並んでいる人もいる。
人によって危機感がまったく違うようです。

年寄りや持病のある人にとっては、コロナにかかることは「恐怖」です。
不運な場合、死ぬこともあるのですから。

ところで神経症のかたにお尋ねすると、どうも「コロナより症状のほうが怖かった」というかたが圧倒的に多い。
これも不思議です。
だって症状では死なないけれど、コロナは死ぬ可能性がある。
なぜ症状のほうが怖いのでしょう。

確かに、たいていの神経症の症状の核心にあるのは、ものすごい「恐怖」です。
たとえ理性で、(体臭恐怖の場合)「自分の体臭がそんなに遠くの人まで届くわけがない」とわかっていても、理解しただけでは恐怖は去らない。
大抵の人は自分の思い込みの理不尽さに「頭では」気づいているのです。
けれど、どうしてもこの「恐怖」に動かされて、逃げたりはからったりしてしまう。

これは、自分の想像上の「悪い結果」についての恐怖です。
それが「精神交互作用」によって増幅されています。

核心が恐怖ですから、考え方にアプローチする認知行動療法などでは、少し遠回りになります。
殆どの神経症のかたは、自分の認知が少し歪んでいるとか、怖がっていることが起こるのは確率的に非常に少ないということは薄々気づいているのです。
しかし襲ってくる恐怖の前に、思考が無力になってしまう。

森田療法が「感情に対する療法」と言われるのはそこのところです。

ではなぜ本物の死の恐怖(コロナ)よりも症状の恐怖のほうが大きいのでしょう。
コロナは現実に起こっていることへの恐怖、症状は架空の恐怖です。

多分、症状にまでなった恐怖は、時間をかけて練り上げられたものだからこそ、大きいのかもしれません。

けれど、恐怖には現実も架空もないのかもしれない。
なぜならコロナの恐怖にしても、これは「かかるかもしれない」恐怖なのであって、実はまだ起こっていないことについての恐怖です。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の「幽霊」です。
「心配事」や、症状真っ最中の恐怖は、すべて森田療法で言う「予期恐怖」なのかもしれません。

「予期恐怖」ではない本物の「恐怖」というものがある。
それは、本当に危機に直面してしまったときの「恐怖」でしょう。

本当に病気にかかってしまった!
危機一髪の目にあった!
逃げ続けていた状況に直面せざるを得ない!

反応は人それぞれですが、その時の恐怖は、「予期恐怖」とは全く違うものであるはず。

この恐怖こそが「予期恐怖」ではない現実の恐怖。
現実の恐怖の前では、私たちは否応なく変化せざるを得ない。

このあたりが森田療法のキモなのかもしれないと、このごろ考えてみたりします。

新緑T.H氏撮影
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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