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年始早々・・・

しばらくブログを書けず、コメントにも返信できずにいました。
実は年始早々、仕事を休んでしまいました。
久しぶりのことです。

ヒポコンドリー性格のかたは、ご自身のことが心配になることもあると思いますので、このブログはスルーしてください。

私がかかったのは帯状疱疹で、それも目のあたりだったので、病院から入院を勧められましたが、それを断って自宅でじっとしておりました。
仕事もキャンセルさせてもらい、美容院の予約もキャンセル。
視神経に影響があることもあるらしく、皮膚科に通い、眼科に通い、安静と言っても結構忙しい。

おかげさまで今は仕事も再開し、快方に向かっております。

昨年は風邪ひとつひかなかったのにと思いますが、逆に風邪のひとつぐらいひいとけばよかったのかもしれません。

「安静にする」という体験をしてみると、これが意外にむずかしい。
つい、森田正馬の「熱が〇度のときには、自分で本を読み、〇度以上のときには本を人に読んでもらう」などという言葉を思い出してしまいます。
つまり熱のあるときもそのときにできるだけのことをする、ということなのでしょうが、さすがにこれは現実に実践するのはやめたほうがいい。
ただ「そのときの自分の体力のままできるだけのことをする」というメタファーとして読んだほうがいいようです。

実際、体力が落ちている時は、できることが少ない。
一番簡単にできるのは、テレビを見ることですが、テレビはおそろしくつまらない。
読書をしようと思っても、微熱があるときは根が続かない。
推理小説ぐらいならいいかとも思うのですが、残念ながら未読の推理小説の手持ちがない。

それでわかったのは、自分はどんな時にエネルギーをどれだけ使うかということ。(安静時の例ですが)

一番簡単なのはテレビを見る ⇒ DVDや海外テレビドラマを見る ⇒ ストーリー性のある小説を読む ⇒ 散歩する ⇒ 掃除・洗濯をする
エネルギーのいることは、料理をする ⇒ 勉強をする ⇒ 学術的な本を読む ⇒ 仕事をする ⇒ エッセイ的なものを書く ⇒ きちんと発表するようなものを書く

私が一番脳力とエネルギーを使うのは、結局はクリエイティブな作業を伴う事なのですね。きっと他の人にとってもそうでしょう。
エネルギーが少なくなるにつれ、だんだんクリエイティブなことができなくなる。

ま、そんなことを言うとまた「クリエイティブなことをしなくては」強迫観念になってくるのでやめましょう。

けれどやはり、私にとって一番よかったことは、落語を聞いていたこと。
聴くエネルギーはいらないし、なおかつ気持ちが明るくなる。

私の結論は「病気のときは落語に限る」。

神社の屋根

                        写真・T.H様撮影

肩の力を抜いて


暮れに、斎藤学先生のレクチャーを聴きました。
(斎藤先生のことは皆さまご存知と思いますが、依存症、児童虐待、ACの治療の日本での先駆者です)
大学院やカウンセリングで、先生にはずいぶんお世話になりました。

久しぶりにレクチャーを聞いていて、気づかされることが多く、肩の荷がおりた気がしました。

ずっと以前、初めて斎藤先生の講演を聞いたときには、本当にびっくりしました。
内容ではないのです・・・。
その話し方です。

お話は、テーマがどこに行ってしまったかわからないほど、あちこちにそれて行きます。
結局何を言っていたのかわからない時もあります。
基本、ご自身が好きな話題を、好きなように話しているように見えます。

なぜ私がびっくりしたかというと、私はその頃、生活の発見会の事務局にいて、その気風にすっかり染まっていたからです。
とにかく皆さん「○○でなければいけない」「こうしなくてはダメ」という価値観のかたがた。発表をなさるときも分秒刻みに計算して、原稿を読み上げるようなスタイル。

催し物の運営なども分秒刻み。
一つの手落ちもあってはならない、という圧迫感、緊張感がいつもありました。

発見会の外で斎藤先生のような講話を聴いたとき、「これでもいいんだ」という感慨とともに、自分自身がいかにそういう集団的「かくあるべし」「こうでなければならない」のなかでガチガチになっていたのかが明瞭に自覚できたのです。

ひるがえって、このところの自分のやっていることを見ると、どうも肩に力が入りすぎているような気がします。

「ふんわり」「ゆっくり」という感触からは、遠のいていたようです。

ブログにしても「役に立つことを書かなければならない!」的な気負いがこのところ目立っていました。
本当は、自分の読書について、もっと軽い話題についてなども書きたいのに、書くと長々と力が入ってしまっています。

肩の力を抜いて、あまり役に立たないかもしれないけれど、私が書きたいことを書く。
もっと短くても、頻繁に書く、などのことを目指してみようかと思う年初です。

今年もよろしくお願いいたします。


正月

写真、T.H様提供

今年もお世話になりました

2019年も終わりに近づきつつあります。
今年もたくさんのかたにお会いし、お世話になりました。

いつも不思議に思うのですが、カウンセリングでいろいろなかたのお話を伺っていると、その時に自分が考えていること、頭を悩ませていることについてのヒントが、そのお話のなかで示唆されていることが時々あります。

こういうのを「共時性」というのでしょうか。
あるいは何かを真剣に考えているとき、そのヒントになることに自然に目が向いていくのでしょうか。

真剣な「対話」は、決して一方的なものではあり得ないのでしょう。
そういう意味で、今年も多くのかたからいろいろなものをいただきました。
感謝です。

今年もたくさんの方々にご来室いただきました。
あまたある心理相談室のなかからホームページを見て検討し、選ぶのはとてもむずかしいことだと思います。
こちらには口コミや、お医者様の紹介でご来室なさるかたが多くなってきました。

私にとって今年初めての体験は、英語でのカウンセリングを経験したこと。
いずれも大学病院から紹介いただいたのですが、シンガポールからのかたも。
日本で森田療法を受けたいという熱意で来日なさったのですが、日本で英語を使って入院療法ができるところはなさそうで、オーストラリアの先生をご紹介しました。

それにしても私の英語は十分なカウンセリングをするにはまだまだで、これはあきらめるわけにはいかず、精進するしかなさそうです。

自分自身のこととしては、今年はたくさん旅をしました。
仕事がらみも含め、栃木、岡山、浜松、そして中国蕪湖市の国際学会、プライベートでは温泉へと、良く動きまわりました。
動けるうちに動いておかなくては。

ブログもあまり数は書けませんでしたが、多くのかたに読んでいただいたようです。
コメントをいただいたかた、「拍手」をポチしていただいたかた、つまりこのブログに積極的に関わってくださったかたがたにお礼を言いたい気持ちです。
とても励まされました。

自分のなかから一歩外に出て、他者と対話をし、気づきを得ること、それがカウンセリングの本質です。
対話すること、そして他者と関わり合うことの大切さ、そんなことも日々の仕事のなかでお伝えできればと思っています。

皆様よいお年を。

イルミ年末



ホームページのアドレスが変わりました お茶の水セラピールーム

心配性の自分が苦しい

悩み事と心配事。
この二つははっきりと区別できるわけでもありませんが、あえて区別してみましょう。
悩み事は現実に目の前で起こっていること。
心配事は、ほんの少しの兆候をつかまえて、将来とても大きな不幸が起こるのではないかと空想することと言えるかもしれません。

相談にいらっしゃるかたで「心配性の自分が苦しい」と話されるかたはとても多い。

心配することは、確かに苦しいことです。
私も心配性なところがあるから、この苦しさはよくわかります。

心配しているときには、まだ現実的にそこまで悪いことが起こっているわけではないのですが、心配のタネになることがあって、それをもとに自分のなかで空想がどんどん膨らんでいくのです。

この空想が悪い方向に膨らむことが、実に苦しい。
なぜなら、空想というものは、無限に大きくなれる。どんなことでも考えられるからです。
悲観的な考え方をする人は、悲観のほうにどんどん空想を発展させていきます。

ずっと昔、癌恐怖という神経症のかたの話をきいたことがあります。
自分の身体のどこかに癌があると信じ込み、医者巡りをし、どうしても癌が見つからず(つまり現実に癌はないのですが)怖くて怖くてヘトヘトになってしまった。
でも医者巡りをやめられないのです。
ところが、何年かして、そのかたが本当に癌になった。
そうしたら、心境がまったく変化したのです。
癌恐怖と、本当の癌では、怖さが全然違う。

実際の癌は、治療するしかない。
そうすると、思考も行動も現実的になります。
必死なので、変な空想の入り込む余地がない。
転移や再発が心配なら検査をすれば、結果が現実的に目の前に提示される。
そしてまた行動を選び、実際生活のなかで治療・養生をするしかないのです。

これから何か悪いことが起きるのではないかと心配しているときの恐怖は、幽霊が出るのではないかと怯えているような恐怖です。
いくらでもふくらんでいく恐怖ですね。

まぁ、でも怖いものは怖いのでしかたがない。
こんなときは、セラピストに「ご心配なんですね」などと下手に共感されるより、太っ腹な友人に「なに馬鹿なこと考えてるの!」などと、喝を入れてもらったほうが楽になるかもしれません。

大切なのは、現実にはまだ何も起こっていないということ。
幽霊を自分で呼び出すような真似をするより、「目の前のこと」と「今」にフォーカスしていればいい。

そしてまた、今現在自分が持っているものにもフォーカスする。

生きている限り、私たちは、実はたくさんのものを持っています。
「子どもが不登校になった。将来ひきこもりになるかもしれない」などと心配するより、「少なくとも今は、親子ともども健康で生きている」・・・と考える。

「少なくとも~できている」「少なくとも~はある」と意識的に考えてみるのもいいかもしれません。
「足りないもの」は無限にあって、それは私たちを脅かすけれど、持っているものを数えることは私たちを落ち着いた気持ちにさせます。

そしてまた、心配事について、そんなことが起こっても自分には対処できるはずだ(あるいは心配している対象の人は対処できるはずだ)と、考えてみることもいいかもしれません。
先ほどあげた「癌恐怖」の人の例のように、空想の怖さは現実の怖さとまったく質が違い、ほとんどの場合、現実の困難に対処しているときには、どこからか力が湧いてきて、幽霊に怯えているような怖さはないはずだからです。

イルミラクア

小さなダイヤを受け取る

常々、物事を悲観的な方向にだけとらえる人たちがいるのを、なぜだろうと疑問に思っていました。
その考え方が苦しみの原因になっていることが多いからです。

そして、先日あるかたから「メレダイヤ集め」のお話を聞いて、これは悲観的な人には参考になることかなと思ったのです。

「メレダイヤ集め」は,故遠藤優子先生の言葉です。引用してみます。

「私はよくグループのなかで『メレダイヤ集め』を課題にします。メレダイヤとは、ごく小粒のダイヤのことで、周囲との関係で、些細なことでも自分の心がホッと暖かく感じた瞬間を、きちんと受け止めて語る練習をしていきます。メレダイヤを50粒も集めたら、とても豪華な指輪になります。それが自己愛の指輪であり、『この世界もなかなかいいものだ。自分はこの世界に受け入れられている存在なのだ』という自己像と世界観なのです」
(ASK選書14「苦しさの一番奥にあるのは『見捨てられ不安』だった」ASKヒューマンケア)

悲観的な見方をしてしまう根源は、この「メレダイヤ」を受け取れないことにあるのかもしれません。

この文章は「人間関係」のことについて書いてありますが、これは日常のひとつひとつのことにあてはめて考えることができます。

「今日はお天気がよくて空がきれいだった」
「ランチで入ったお店が美味しかった」
「結構仕事がはかどった」

メレダイヤのような小さな喜びは毎日の生活に散りばめられています。
その喜びは、ふっと湧き上がってきます。
しかし悲観的な人は、その喜びを次に浮かんでくる第二念で打ち消してしまう。

特に自分に関連してくることだと、その傾向は顕著です。

「ほめられたけれど、あまり期待されるのもなぁ・・・」
「誕生日プレゼントもらったけど、お返しがちょっと面倒」
「電車で席を譲ってもらったけれど、周りの目が気になる」

このときの気持ちをよく見てみると、最初に必ず小さな「うれしさ」があるはずです。
ほめられたり、プレゼントをされてもうれしくないのは、よほどのあまのじゃく。

この最初のうれしさが「純なこころ」です。
それをつかまえる。
そしてしっかり受け止める。

プレゼントのお返しを気にするなど、そのあとに起こりそうなことを考えるのは、もっと先でいい。

メレダイヤのような「純なこころ」を受け取れず、いつも第二念、第三念が湧き起こってくるのは、その人の心に「かくあるべし」があるからでしょう。
「こうでなくてはならない」「普通こうだろう」「きっとこんなことが起こるだろう」などという決めつけが、必ず「うれしさ」のあとに来るので、その人の思考は幸福な気持ちを打ち消し続けていることになります。

「今、ここ」の小さく輝く「純なこころ」をしっかり受け取る。
それを続けられたら、周囲の人に対する見方や、自分の環境に対する見方は少しずつ変わっていくのではないでしょうか。
実際には、私たちはたくさんの「喜び」に囲まれているはず。

たとえ困難な状況にあっても、たった今の小さな「喜び」を見つけて味わうことについては、何の差し障りもないでしょう。

香嵐渓
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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