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「うつ」っぽいと感じたら

コロナがまた広がっています。
この状況のなかで、何か「うつ」っぽさを感じているかたが多いのではないかと思います。

コロナが怖すぎて気が沈む人もいます。
感染力が強いようだし、無症状の人からも感染するのなら、もしかしたらうつったかもしれないと、体調をチェックし続け、疲れてしまう人もいます。

家族や周囲の人と「コロナ観」が違いすぎて、神経をすり減らしている人もいます。
ものすごくコロナが怖い人と、「コロナなんてかかるはずがない、皆が騒ぎすぎだ」と思う人が家族として同居していたら、お互いいつもハラハラした状態で、ストレスです。

コロナのストレスだけではありません。
友人と会う事もできなくなり、ショッピングや外食もままならなくなり、一人でいる時間が多くなると、思考は何か暗い方向に走ってしまいがち。
強迫的にいやなことをグルグル考えたりして、頭が疲弊してしまいます。

これから先の生活がどうなるか心配でしかたない人もいます。

皆が何らかのストレスをかかえ、気持ちが沈んでいる状態ではないかと思います。
大変な時代です。

朝、目がさめて、なんだか異様に身体が重い、疲れているとか、気持ちが上がらない、時間がたっても頭が働かないというような状態になったら、ちょっと立ち止まってみましょう。

ここ数日、自分がどんな生活をしていたか。
無理していなかったのか? 
いつもは、これぐらい仕事をしても平気だったのに・・などと思っても、今は生活すること自体に過剰にストレスがかかる時なのです。
自分が疲れているということを素直に認めること。
そしてすぐに休むことです。

休んでも、頭のなかでいやな思考がグルグルしてしまうときは、用事を作って散歩に出ましょう。
にぎやかなところが好きな人は、街中を歩く。静かなところが好きな人は公園に行く。
急がずゆっくり歩いてみましょう。
歩いているうちにだんだん気持ちは変わるはず。

家に帰ったら、自分の一番食べたいものを食べたり、暖かい飲料を飲んだりしてゆっくりしましょう。
「あれはダメ、これもダメ」を少しはずして、好きな時間に横になりましょう。
身体を温かく保つのも大事なことです。

いつもやっていることだから、最低限これはやろう、等と頑張ることをせず、さぼりましょう。
好きな音楽、好きなテレビやドラマ、映画を楽しむ。
軽い本を読む。

時間がもったいない、などと思わないこと。
このコロナの時代、時間だけは、各々に豊富に与えられているような気がします。

この余った時間に何か有意義なことをやろうと思いがちですが、自分が有意義だと思っていることだけが、大事なことではない。
やりたいことだけやっていてもいいのです。

ストレスを受けた心と身体を自分で癒す方法を見つけてみましょう。
自分はどんなことをどれだけすると「疲れる」のか?
自分にとって、心や気持ちを休めるためには、どんな方法が一番いいのか?

コロナに閉じ込められた季節は、ただ夢中で前を向く生き方をひとまずやめて自分を労わるチャンス。
苦しいのは世界中の皆が同じなのですから、きっと未来は何とかなります。

自分の身体は(思考はではない)何をしているときに気持ち良いのか、何をしているときに自分はリラックスしていられるのか?

身体と心の全体で、自分をケアしてあげなくてはならない時代なのかもしれません。

木立2

T.H氏撮影


* 眠れない、食欲がない、いつも楽しんでいたことが面白くないということがあれば、お医者様に相談することも必要です。

どうにも直らないクセ

ブログを書こうと思いながら、原稿の締め切りがあり、どうもこちらにエネルギーが向きませんでした。

自分の仕事のしかたを見ていると、昔からずっと続いているパターンというか、クセのようなものがあります。

原稿を依頼され(短いものでしたが)、でもずっと完成しない。
期間は十分あるのだから、さっさと書いて出してしまえばいいのに、なぜかギリギリまで完成しない。
結局、原稿を相手に送るのは締め切りのちょうどその日。
これは、昔から続いている私のクセです。

それでは原稿を提出するまでの時間、他のことで有効に時間を使っているかというと、そうでもない。
何か別の楽しいことをしていても、頭の片隅に「しなければならないこと」がひっかかっている。
そこに曇り空があるようで、すっきりしないのです。

さすがに同じことを繰り返しているわけなので、少しは工夫をするようにもなってきて、「不完全でもいいから」と、ポツリポツリと言葉を書いてみる。
タイトルをつけてみる。
書き進めてみる。
しかし締め切り直前にならないと「モード」が切り替わらないのです。

「モード」とは「本気モード」です。
結局、直前になるとギアチェンジするかのように集中力が増し、一気呵成に書き上げて提出ということになります。

これは神経質性格の問題ではなさそうです。
同じ神経質でも、締め切りが設定されると、早々に作品を仕上げてしまうという、うらやましいかたもいらっしゃいます。

そんなことは私には無理なことと、諦められるのですが、問題は短期集中力では達成不可能な大きい仕事、数日では不可能な長編や講演などの場合です。

そんなときは、まずは資料を集める、引用できそうな語句を集めてみるということを、この頃は始めました。
つまりどうも、「書く」と決めたときから頭のなかではすでに書いているようなのです。
それを形にするまでの時間が異様に長い。

「それならいいじゃないか」「これは当たり前のことじゃないか」と言われそうです。

つまり私が何を悩んでいるかというと、次の二つですね。
*仕上げるまでの気持ちのひっかかりが不愉快。早く仕上げてすっきり楽しみたい。
*結果的に「仕事が遅い」。その間、他のことに取り組めない。

上は気分の問題。不愉快なものは不愉快。仕方がない。
下は事実。変えたければ工夫するしかない。あるいは変えるのが不可能なら自分の事実を認めるしかない。

これを森田療法的な模範解答で言えば、「自分を追い込む=境遇の選択」ということなのでしょう。
そしてまた、悩むのは、私の欲求があるからということ。
完全欲があるのですね。

こうやって自分の心を見ると、カウンセリングにいらっしゃる「着手恐怖」「なかなか前に進めない」かたの心理の理解も進みます。

それにしても「いつまでこんなこと考えてるんだ。人生の締め切りが近づいているのに」という声も聞こえてきそうです(笑)。

湯島近辺

湯島近辺

自殺と「うつ」とアルコールと

今日は少し重い話題です。

コロナ禍のなかで、意外な人たちの自殺が相次いで報じられて、動揺なさっているかたも多いのではないでしょうか。
まだまだお若いかたがたが、なんともったいないことでしょう。

もしかしたらこれは氷山の一角で、実はもっと多くのかたが自ら命を絶っているのかもしれないと心配にもなります。

コロナの社会状況も背景にあることは無視できないと思います。
何しろいつこの不自由な状況が終わるのか先が見えない。
景気は悪くなるし、仕事はなくなる。
人と人との関係も遠くなってきたし、会ってもどこか疑心暗鬼。
世界中で流行しているので、逃げ場もない。
今まで楽しみにしていたことも、できないことになってしまったし、できたとしてもリスクを伴う。

先の見通しがまったく立たないということは、閉塞感という言葉そのものです。
この状況では、どの方向に進んだらいいのかまったくわかりません。
そんな中で「うつ病」「うつ状態」になっているかたも多いことと思います。

死にたいという欲望は、「うつ」のときに生まれてきます。
しかし人としてこれだけはしてはいけないと、皆必死に踏みとどまるのだと思います。

家族や友人を自殺で失うということほど、残された人にとってきついことはありません。
「もしかしたら救えたのではないか」と、罪悪感を抱えたままずっと生きることになります。

さて、「うつ」と自殺も関係がありますが、アルコールと自殺も強い関係があります。
人はうつ的になると、気分をあげるために飲酒します。
アルコールが気持ちを緩め、現在の苦しみを忘れさせてくれるからです。
あるいは睡眠薬がわりにアルコールを飲む人もいます。

けれど実は、アルコールを飲むよりも、信頼できる医師に処方してもらう抗不安薬や抗うつ剤、睡眠導入剤のほうがよほど安全なのです。
受診してきちんと処方してもらい、治ったら(医師の指導の下に)薬をやめればいい。

アルコールを気分高揚のために飲み続けていると、依存症になる危険が増し、またうつ状態になる場合もあります。
それだけでなく、アルコールを飲み続けていると癌になる確率がふえ、脳細胞が死んで痴呆になり、長い期間飲み続けていると、性格が偏狭になってきます。
感情の抑制がきかなくなり、激高しやすくなったり、嫉妬妄想が出てきたりします。

そしてうつ状態を和らげようと飲んでいる場合、お酒の影響下で衝動性が増して、突然自殺してしまうという悲劇が起こります。

ですから「うつ的」になったときには、むしろお酒をやめて、精神科・心療内科に相談してお薬を処方してもらい、ゆっくりと休むほうがいいのです。(重篤なら入院という選択もありだと思います)
うつ的なときには、すべてが悪い方向に行くような錯覚が生まれてきます。
けれどあとで考えてみると、現実はそれほど悪い方向に行っていないことのほうが多い。

何よりも「うつ病」は、必ず治るのです。
それがこの病気の自然の経過です。

うつ病を経験した人のこんな言葉があります。
「患者には永遠に続くように感じられても、実際には、嵐と同じようにうつ病の勢いも必ず衰えるときがくる」(ウィリアム・スタイロン)

かなり苦しいけれど待っていれば、苦しみが嘘だったように気持ちが晴れ晴れする時がくるのです。

同じように、このコロナ禍も、やがては過去の話になることでしょう。
これまで培ってきた人類の能力と叡智に期待したいと思います。
あるいは自然の経過でウィルス自体が消滅に向かうかもしれません。

苦しい時期が永遠に続くはずはない。
今は見えていないだけですが、この世界には美しいことや楽しいことが溢れているはず。
明けない夜はないのです。

あき2

感覚を磨く


画家の篠田桃紅さんというかたをご存知でしょうか?
彼女は墨絵作家で、現在107歳。まだ作品を描いていらっしゃるとか・・。

そのかたの本のなかにこんな言葉がありました。
「感覚は、自分で磨かないと得られません。絵画を鑑賞するときには、解説は忘れて、絵画が発しているオーラそのものを、自分の感覚の一切で包み込み、受け止めるようにします。このようにして、感覚は、自分で磨けば磨くほど、そのものの真価を深く理解できるようになります。(中略)虫が知らせる、虫が好かない、という表現がありますが、虫というのは感覚。自分のなかに虫がいて、それが非常に感覚的に優れていたから、虫にたとえた言い方をしていました。世の中の風潮は、頭で学習することが主体で、自分の感覚を磨く、ということはなおざりにされています。たいへん惜しいことです」(「103歳になってわかったことー―ー人生は一人でも面白い」篠田桃紅)

私も、知らず知らずのうちに、論理と言葉に頼ってしまう傾向があると自覚しています。

論理と言葉に偏ってくると、目に見えるもの、聞こえること、味わうもの・・・なんでも言葉にしてしまう。
そうすると、その言葉ですくいとれない部分のものは、置き去りにされたままになってしまう。
つまり全体を感じ取れていないということです。

けれどあわただしい時間のなかで、つい言葉で全部をつかんだような気になる。
それで急いで前に進んでしまう。
その言葉の粗さに気づいていない。
そんなことが現代ではたくさん起こっているような気がします。

精神療法家のなかには、相手を一目見ただけで、その人のなかの「どこが」病んでいるのかわかってしまうと言う達人もいます。
経験のなかで、感性が最高度に磨かれ、知識とむすびついた直観が働くのでしょう。
そういうことは、実際にあると思います。

私たちが「言葉」や「論理」に頼ってしまいがちなのは、どこかで「感覚」を怖がっているのかもしれません。
何かを感じることによって、心にダメージを受ける体験をしてしまうと、感じることが怖くなり、感じること自体に門戸を閉ざしてしまう。
そして、言葉や論理で武装するのです。

けれど、すべての感覚が自分を傷つけるわけではない。

むしろ、私たちを癒してくれる感覚もたくさんあります。
美しい音楽や絵画。アロマの香り、美味しい料理、ペットの手触り。
そんなものを、ただ心地よく味わう。

「目的」とか「目標」とか「努力」とか、そんなものから少し離れて、自分の感性を解放できたら、今まで気づかなかったものが見えてくるかもしれない。

コロナで社会の動きがスローになっている今だからこそ、味わえるものがあるような気もします。

blue

T.H氏撮影

脳もDNAも変化する

前回のブログで、日本人の脳にはセロトニンが少ないなど、遺伝的な要素を書いたところ、がっかりなさったかたもいたようです。
これだけの情報で終わるというのも無責任なので、いろいろな書物からの寄せ集めですが、脳内物質や遺伝子の変化について、書いてみます。

前回書いたように、日本人には幸福ホルモンと言われるセロトニンの分泌量が少ない。
けれど、セロトニンを日常的に増やす方法は、ネットで検索すればいくらでも出てきます。

セロトニンを増やす方法として、こんなものがあげられています。
*太陽の光を浴びる。一日15分から30分でいい。
*十分な睡眠をとる。
*適度な運動をする。特にリズミカルなものがいい。(ウォーキング、ランニング、ダンスなど)
*セロトニンの材料となるたんぱく質をとる。

また遺伝子自体の働きも、変化させることが可能という話もあります。

私たちの身体には約60兆個の細胞があり、その一つ一つに同じ遺伝情報(ゲノム)が含まれている。
細胞の遺伝子(DNA)に含まれる遺伝情報は30億個。全細胞は皆同じ遺伝情報を持っているのだそうです。
そして人には約2万個の遺伝子があります。

ところが身体の細胞ごとに、その役割は違ってきます。
同じ遺伝子を持っていながら、筋肉の細胞と髪の細胞とでははまったく違う働きをしている。
その違いは、細胞の中の遺伝子がオンになったりオフになったりすることで生まれてくるようになっているのだそうです。
人体というのはこういう複雑な設計図で動いているのですね。
すごいことです。

で、もっとすごいのは、この遺伝子のオン・オフを操作することで病気を治すという技術がもう実用化されつつあるということです。
すでに「遺伝子組み換え技術」は実用化されているのですが、遺伝子自体を変えることなくこのオン・オフを切り換えることで病気を治すのだそうです。
つまり例をあげれば、オフになっている「癌抑制遺伝子」をオンにすることで、癌の悪化を食い止めたりするということです。

このオン・オフを調節する人体のしくみをエピゲノムと言い、この技術はエピゲノム編集と言われます。
ここまでのことを解明し実際に応用できるまでにした人間の知力もたいしたものです。
言ってみればこれも、人間の持っている遺伝子のおかげですけれどね。
(このエピゲノム編集の詳細は「Newton 2018年8月号」に掲載されています)

さてその人がもともと持って生まれた遺伝子のオン・オフの情報は、実はその人が生きていく環境、栄養状態、ストレスなどによって変わってくるのだそうです。
そうです。遺伝子も変化するのです。

そういう要素で遺伝子が変化するのであれば、眠っていた良い遺伝子を、オンにして目覚めさせることも可能。
そんな趣旨の本を書いているのが、遺伝学者・村上和雄氏です。
「生命の暗号」などの本で有名ですね。
人間は、本来の可能性のほんの一部しか使っていないそうです。
村上氏が提唱する眠っている良い遺伝子をオンにする方法は、基本、ポジティブシンキングのようですが、それは著書をお読みになってみてください。

けれど、環境、栄養、ストレスでオン・オフが変化するのなら、良い環境、十分な栄養、ストレスを減らすことが良い変化を呼ぶのだと推測されます。

また村上氏は、これだけの壮大で精緻な生命体の構造を目の当たりにすると、何か「サムシング・グレート」のような存在を考えざるを得ないと言っています。
この「サムシング・グレート」は、宗教で言う「神」であり、森田療法で言う「自然」なのかもしれません。

興味にまかせて書きましたが、まだまだ世の中には知って面白いことがたくさんあります。
巣ごもりの期間は、知的興味を充たす時間としても使えそう。

それにしてもこれほどの知力を持った人間が、なぜコロナウィルスに、ここまで手こずっているんでしょう!


夏

T・H氏撮影


注・この記事は鬱病や神経症の治癒について書いたものではありません。
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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