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友だちができない

友人ができない、いつも独りで、その姿を周囲の人に見られるのがいや。
そういう悩みを持つかたは、男女問わず多いようです。

もちろん、友人がいなくても悩まない人もいます。
いつも独りだと悩む人は、本当は他の人と同じように友人たちと一緒に楽しく過ごしたいという欲求があるから悩むのですね。
その欲求がなければ悩むことはないわけです。

つまり人とまじわりたい欲求と、人とまじわるときの恐怖の両方が自分にあり、その葛藤が苦しい。

森田療法は対人恐怖のための治療法でもあるわけで、それでは森田正馬本人がどんなふうに治療しているかを原典で読んでみました。

赤面恐怖、視線恐怖(対人恐怖ですね)、神罰恐怖(縁起恐怖)で悩んでいた20歳の青年に対する通信指導。彼は悩みから脱したあと、小学校教員になりました。
(その当時は20歳で学校の先生になれたのですね)

手紙の往復はたった6回。5か月です。
重症の対人恐怖がたった6回の指導で治る。さすがです。

もちろん、この20歳のかたが森田の指導に対して「でも・・・、そんなこと言っても・・・」などということが多ければ、きっとこんな早くは治らなかったでしょう。
このかたは、非常に素直で、手紙をよく読みその趣旨を理解し、実行しています。

当時の森田の指導の言葉も対人恐怖の人にとっては、結構厳しかったのではないかと思います。
友人ができないという彼の訴えに対して、こう言っています。

「それは交際を求め来る人さえも、自分がこれを素直に受け入れないからである。人に負けるのがいやだからである。自分が気の小さいことをありのままに打ち明ければ真の友として交わりにくる人はいくらでもある。自分の本心が孤独を好むのではない。負け惜しみである。勝とうとあせるから負ける。負けるがままに捨て身になれば必ず勝つものにそうろう」
(神経質および強迫観念の根治法)

これを読んで、たいていの対人恐怖のかたは「そんなこと言っても、それができないから悩んでいるんで・・」とおっしゃるかもしれません。

なにしろ森田神経質のかたは「負け嫌い」です。

対人恐怖のかたも、本当は、ただ友人ができればいいのではない。
集団のなかでおとなしくしているなんてイヤなのです。
できれば、面白いことを言ってうけたい。
リーダーシップをとりたい。
皆から賞賛されたいなどということを思っています。

だから、対人恐怖のかたの一番嫌う言葉は「おとなしい」です。

でも自分の今の現実は、人とまじわった経験が少ないので、他人を面白がらせることなどできるはずがない。
つまり不可能なことを望んでいるのですね。

まずは自分の現実のまま、人のなかに入っていくことから始めるしかない。
でもここで大事なことは、森田は「負け嫌い」を否定していないことです。

それはありのままの自分の性格なので、否定する必要はない。

「負けるがままに捨て身になれば必ず勝つものにそうろう」
別のところでは、こうも言っています。
「高く飛び上がるには思い切って、こごまねばならぬ」
ジャンプするためには、まずは姿勢を低くとらないと高くは飛べないということです。

ただただ相手に屈従せよなどとは言っていない。
自分の「負け嫌い」を直そうとせずに保っておけば、相手にあまりひどいことを言われたときにはきちんと怒ることができる。
馬鹿にされっぱなしになることはない。

森田療法の特徴的なところは、ここだと思います。
心を一方向に向け変えようとはしない。
性格を変えようとはしない。

自分のなかにあるものをそのまま使えば、それで結局は自分の望んでいる方向に行ける。
その微妙な調節は自分の心がやってくれるのです。

私たちは、ただ実行に移すだけでいいのです。

秋桜


対人関係のお悩み扱っております お茶の水セラピールーム

他人の目が気になる・・・

「他人の目が気になってしかたない」という悩みは多いですね。

他人にどう思われているか、どんなふうに映っているのかは、気になるものです。

ひょっとして、馬鹿にされているのではないか、お高くとまっていると思われているのではないか、変な人と思われているのではないか・・・
そんな思いがとめどなく湧いてくる、このような苦しさに悩むかたも多いでしょう。

しかし、他人の目がまったく気にならないとどうなるでしょう。
よくいますね。

電車のなかでお化粧している人。
優先席で通話している人。

そんな人にはなりたくない・・
でも、他人の目ばかり気にしたくない・・

そんな葛藤に悩むのは不快なことだけれど、実は自然なことでもあるのではないでしょうか。

他人の目や他人の評価が気になることを、逆に生かすこともできます。
それを利用するのです。

たとえば「◯◯をします!」と公言することで、のっぴきならなくなり、実行に拍車がかかるということもあります。
私は、怠惰なので、この手はよく使います。
宣言しないと、何もやらずに終わりそうだからです。

あるいは強迫神経症のかたにとっては、この「他人の目が気になる」ことは、大いに活用できます。

実は、対人恐怖のかたに負けず劣らず、強迫神経症のかたも「他人の目が気になる」タイプです。

それを利用して、なるべく人の目がある、強迫行為ができないところに身を置くのです。
家庭だと、好きなだけ強迫行為ができます。
だから、外に出るのです。

人とまじわる、それも仕事やグループ活動のような、ある程度の厳しさがあるところがいい。
「変な人」と思われたくないのですから、必死で仕事や活動をします。

その時間は強迫観念を忘れているわけです。
忘れている時間が長いほど、症状は軽くなります。

そんなふうに、「人の目を気にする」ことを利用してしまえばいいのです。

でも、どうしても他人が気になって、自由な動きすらできないというかたもいます。

まずは、辛いけれど逃げないことです。
同じような場に何回も身を置けば、どんな人でも慣れてくるものです。


そして、ひとつ残念なことですが、私たちが肝に銘じなくてはならないことがあります。

他人が「私」をどう見るかは、「私」がコントロールできることではないのです。
いくらこちらが「いい人ですよ」アピールをしても、相手がどう感じるかまではコントロールできない。

だとしたらどうすればいいのでしょう?

最初に言ったように、「あまり変な人に思われたくない」と「でも、自分のやりたいこともしたい」という葛藤のなかにいればいいのです。
あるいは、そうしているしかない、と表現することもできます。

その葛藤のなかにいながら、自分の欲求を感じとり、時と場合によっては、「皆に奇異に思われてもこれはやりたい」と思ったり、「今はやめとこう」と思ったり、判断しながらいればいいのです。

決して、どちらかに決める、ということをしない。

揺れながら、ぶれながら、生きていけばいいのだと思うのです。
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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