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マインドディスタンス

アベノマスクが来ました。
ありがたく受け取って、ホームレス支援のNPO団体に送りました。
このコロナの時期にも、炊き出しを行っているところだそうです。

自分が病気にかかることをこわがるばかりでなく、他の人のために何かをしようとする人のニュースが目につくようになりました。

海外では、医療従事者のための「7時の拍手」をする地域もあります。
またYou Tubeで、皆を励ますための楽曲を配信するアーティストたちも多いようです。
(もちろん広告収入ねらいではなくね)

コロナのせいで、今後、生活に困る人が急増してくるでしょう。
皆、この時期に、何らかの心の傷を抱えてしまったのではないかと思います。

誰でも同じようにウィルスの被害者。
こうやっていろいろなことが不自由になると、今までの生活がいかに恵まれていたのか、警戒感なく外を歩けることがいかに素晴らしいことだったか、こだわりなく人と会話できることがどれだけ楽しい事だったのかが実感されます。

そういう意味で、ほとんどの人が同じ思いを抱えていて、その共感のためにかえって心の距離は近くなっているかもしれません。
ソーシャルディスタンスはとりつつも、マインドディスタンスは近くなればいいなと希望的観測をしています。

何よりもこの状況下で頑張っている人の活動がリアルにわかる。
あるいは困っている人たちの状況がわかってくる。

いつもは自分のことで忙しかったのに、ステイホームでそういう人たちに目が向くようになっているのかもしれません。

捜してみると、医療従事者を支援する寄付サイトや、子を抱えて窮している家庭を支援する団体、ホームレスを支援する団体、いろいろな人たちが活動しています。

コロナ後の世界は、お互いが助け合うことが必要になってくる社会になるでしょう。
これを機に、日本でも様々な立場の人とのマインドディスタンスが縮まり、助け合うことが普通である社会になればいいなと、思ってみます。

道のバラ

コロナの日常

先日、散歩のつもりで歩道を歩いていたら、後ろから「なにタラタラ歩いてるんだよ! ボケ!・・・」というひどい罵声を浴びせられました。
とっさによけると、自転車に乗ったフツーのおばさんが他の人たちにも大声で怒鳴りながら走っていきました。
歩道なんだから、なにもそんなに・・・とは思いましたが、何か今の状況を象徴しているようだと感じました。

もちろん皆、苛立っています。

何しろコロナのおかげで、商売ができなくなり、収入が少なくなり、行動の自由も奪われています。
子どもたちは学校に行けなくなり、主婦は家族の世話を一手に引き受けなくてはならない。
家族関係が円満な家ばかりではありません。
なおかつ、いつ自分が感染するかという恐怖と毎日直面していなくてはなりません。
仕事を休めないかたも毎日が不安です。

一日が終わるとぐったりする。

常時、緊張しているので、自律神経の調子が崩れている人も多いのではないでしょうか。
あるいは、頭が痛い、咳が出る、などの身体症状が出ると「コロナか?」と不安になる。
自律神経のアンバランスで、軽い不調が出る場合もあります。

気持ちの休まる時がないと、人は当然イライラしてきます。
何の関係もないレジの人にあたったり、感染した人に心ない批判を浴びせたり、怒りをどこかに向けて発散します。
あるいはアルコールに逃げ、パチンコに逃げたりします。依存症もきっと増加していくでしょう。

社会はそんな状況になりつつあります。

こんなときに「家でゆっくり・・」と言われても、それができる人はよほどコロナに無関心な人か、気丈な人でしょう。

先の見通しが立たないので、今後に向けての建設的な準備など、なかなか手がつきません。
断捨離とか、家の掃除整理とか考えても、なぜか身体が動かないとおっしゃる人もいます。
勉強にも集中できない。

どうぞそんな自分を責めないでください。
今は仕方がない。
ただ自分の身体を守り、休めるときは休むということを考えるだけでいい。

神経質なかたは、過剰な予防で、コロナに危機感のない人に「そこまでやる?」と言われることがあるかもしれません。
でも堂々と予防しましょう。
人の目よりも自分を守ることが大事。

そしてコロナの早期終息を祈って待ちましょう。

tutuji

障がい者差別解消法に思う

またしてもしばらくブログから離れてしまいました。
でも、離れている間に社会では面白い出来事がありました。

参議院議員として重度障がいをお持ちのかた二人が選出されました。
なかなかよい発想ですね。
国民のなかには、いろいろな人がいて、様々な障がいや生きづらさを抱えている人がいる。
そういう人たちの代表が国会に行って意見を述べる機会ができたのは当然の流れと言っていいことです。
(そのうち、ひきこもりの代表も行けばいいと思う)

もうひとつ面白いと思えるのは(私が勝手に面白いと思っているだけなのですが)彼らが発言するときに、障がいに関わるヤジを飛ばしたら、国会議員としてレッドカードだと思うので、国会が、ある種リトマス試験紙的な場になるとも思うのです。

さて、無知な政治家が「国会の改修にあんなにお金を使うなんて」という発言をしていたようですが、これもレッドカードです。

日本には、「障がい者差別解消法」という法律があり、「合理的配慮」ということがうたわれています。
「合理的配慮」とは、ひらたく言えば、「障がいのある人が社会的障壁の除去を必要としているとき、それが過度な負担でない限り、障壁をなくす個別の対応や支援をする」ということです。

そして「公的機関、行政機関」の場合、これは「義務」なのですね。
一般の企業などの場合は、今のところ「努力義務」です。

ですから、国会は当然のことながら、彼らのための改修をすることが義務なのです。

最近の勉強(汗)で感じたことは、結構日本の法律は整備されている(あるいは整備されつつある)のだということです。
政治家がちゃんと把握しているかどうかは知りませんが。

法律のことには疎かった私・・・。
当たり前のことかもしれませんが、法体系のなかで、もっとも優先されるのは「憲法」。
次が「条約」。次が国内法。

この「障がい者差別解消法」も、国連の「障がい者権利条約」に2007年に日本が署名してから整備されました。
その他にも社会的に弱い立場の人たちの権利を擁護する法律はたくさんあります。
DVの被害者(男性も女性も)を保護する「配偶者暴力防止法」とか、「児童虐待等の防止に関する法律」などです。

知っているというのは、大切なことです。
法律で保護されているということ、助けてくれる行政機関や相談機関があるということ、それを伝えていくのも、知っている人の義務なのかなと思います。

誰だって、いつなんどき障がい者になるかわからない。
いつなんどき、弱い立場になるかわからない。
人間なんてそんなもの。
だから「共助」ということが社会には必要なんですよね。

しんじ湖

ひきこもりと不寛容社会


川崎殺傷事件にはじまる「ひきこもり」と呼称される人たち関連の事件が起き、当ルームにいらっしゃるクライエントさんにも波紋が広がっています。

「私もひきこもりではないかしら?」
「世間の人からそういう目で見られるのではないでしょうか?」
「私もそうなってしまうのでは?」

こういうのは典型的な神経症の人たちの反応です。全然そういう事実もないのに心配するという傾向ですね。
そういう心配はまったく無用な場合が多いのにです。

しかし、もっと深刻なのは、本当にそういう呼称に当てはまってしまう人たちと、その家族のかたがたです。
でもね、これってそんなに「特殊」な問題ではないと思います。
今回の事件が特殊なだけです。

私は昔「一家に一人ひきこもり」の時代だと友人に言ったことがあります。
今は社会生活をしているけれど、以前は学校に行けなかった、社会に出られなかった人はたくさんいると思います。
そういう人を含めて「一家に一人」。
以前はそうだったけれど、今は学校に行っている、会社に行っているという人は多いです。
いつかは自立することだってあるという希望的側面もメディアは伝えてほしいですね。

現代ではなく、昔だってそういう人はいたと思います。
漱石の小説の主人公たちだって、「高等遊民」などと言っているけれど、似たような感じだし。
いっそ「ひきこもり」などというレッテル貼りはやめて「高等遊民」というネーミングにすればいいのではないでしょうか。
そして堂々と遊ぶのです!

しかし、そういう悩みを持つクライエントさんのお話を聞いてつくづく思うのは、働こうと思って入社試験を受けると、時にはかなり屈辱的な目にあうらしいということです。

「この(空白の)一年間は何していたの?」
「なぜこの学校を中退したの?」
「前の会社はなぜやめたの?」

まるで悪い事でもしたかのように根掘り葉掘り訊かれるという話です。
そのあげく不採用になったりしたら、踏んだり蹴ったりです。

ますます自尊感情は低くなり、「私は社会に通用しないのだ」「結局どこに行ってもダメだ」という妙な確信ができあがってしまう。
出ようにも出られない状態になります。

学校に始まって、減点主義の社会が彼らを追い詰めているのだと思います。
この減点主義は、結局、学校や企業の利益のためでしょう。
欠点ばかりに目を向け、それを撲滅しようとする不寛容な社会です。
一元論的に見れば、欠点の裏には美質があるはず。

それを育てようとする人があまりいない。
家庭まで減点主義になってしまったら、気持ちのやり場はどこにもなくなる。
結果、生き延びるのは学歴社会的能力に恵まれた、適応力のある人だけになります。
それ以外の人だって、世の中にはたくさんいます。

今回の一連の騒動で危惧するのは、家にいること自体が「恥」であり「落ちこぼれ」であるというレッテル貼りが進んでいくことです。
それがますます状況を悪化させるでしょう。

大事なのは「一家に一人ひきこもり」の時代と考えて、本人も家族もそれを隠さないことです。
支援している公共の窓口、本人たちのグループもたくさんあります。
そういうところとつながれば、自分たちが一人ではないということがわかります。
それこそが、大きな一歩になるはずです。

6月のバラ

同調社会と主張社会

先日、お花見の後に雅叙園でお茶をしたと書きました。
雅叙園というのはホテルで、結婚式やいろいろなセレモニーのためのホールがあります。

ティールームはオープンスペースで広々としていて、庭の景色も見え、行きかう人々も見え、上階へとつながる長く大きなエスカレーターも見渡せます。
ちょうどその日は、何か所かの会社の入社式があったようです。

皆がざわざわしているのでふと目をやると、そのエスカレーターから下のホールへ行くのでしょうか、新入社員たちが上から降りてくるところでした。
幅の広いエスカレーターにきちんと二列にびっしりと並んで、スーツ姿の青年たちが上から次々と流れてきます。
それがなんと、全員同じような紺色のスーツを着て(リクルートスーツというのでしょうか)地味なネクタイを着け、前を見つめる緊張感溢れるポーズまでまったくそっくりなのです。

こんな風景をコマーシャルで見たことがあるような気がします。同じ顔の同じ姿勢の人間が増殖していく・・・
あるいははるか昔にCMで流行った「ジャパニーズ・サラリーマン♪」というような歌が流れてくるような。

その風景を見て、ティールームのそこここから小さな笑い声があがっていました。
でも青年たちは行進するようにホールに吸い込まれていきます。女性たちもまったく同じ紺のスーツを着ています。

実に日本的な風景だなと思いながら、でももし自分がその一員だったら、違う色のスーツを着る勇気はあるかしらと考えたりもしました。
(まぁ、私は衣服に関してはまったく粗忽者ですから、うっかりドレスコードをはずすということはあり得るかもしれませんが)

あまりに印象的だったので、先日の英会話レッスンで米国人の先生にそのことを話しました。
彼女も日本に来たばかりのときには、高校生たちが皆同じ服を着ているのにものすごくびっくりしたとは言っていました。

きっと意見の言い方にも同じような傾向があるに相違ないという話になり、日本人は、自分の意見を主張し、相手の意向と違うことを言うとき、相手の機嫌を損ねるのではないかと心配になる傾向があるようだという話になりました。

彼女は、日本のホームドラマなどを見ていると、登場人物たちが肝心のことを言うのを避けて沈黙しているように思えて、思わず
「Say it ! Say it ! (言っちゃえ!)」と突っ込みたくなるのだそうな。
米国のホームドラマなどではよく、「あとできちんと話し合おう」と親や夫婦が言っていますね。
忖度がないかわり、言葉が万能の社会です。

当然のことながら、米国では意見を言わないということは「そこにいない」ということと等しくなるらしいのです。

日本ではあまり目立つと風当たりが強くなりそうで、自分の意見が言えるような立場になるまでじっと待つ・・みたいな感じでしょうか。
しかし米国では、何が何でも「stand outする」(目立つ)のが至上の価値。
だから彼女は「私なら好きな色のスーツを着て出席するかもしれない」と言いました。

しかしまた、こんなことも付け加えました。
「でもね、いつもいつもstand out していなければならないのってホントに疲れるのよ」

確かに米国は実力主義の社会で、学歴社会(実は日本よりもっと学歴社会)。
能力は皆違うのですから、たくさんの(いわゆる)負け組が出て当然です。

どちらの文化も一長一短があります。

けれど以前もこのブログで言ったことですが、この日本の同調社会で「自己表現したい」という欲求は抑圧されているわけです。

強い同調志向を持ちながら、同時に強い自己表現欲求を持っている人たちは、その矛盾葛藤のなかで対人恐怖にならざるを得ないのかなと思ったりするのです。

夏紅葉


ひとこと:「主張社会」というのは、私が便宜的に使った造語です。
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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