生き生きワークのお知らせ

お知らせです。

今年4月から「森田生き生きグループワーク」を開催いたします。

このグループワークは、全8回、4月から6月にかけて、日曜日を利用して行います。

内容は「ものそのものになる」「事実唯真」「純な心」などのキーワードを中心に、ご自身の体験を通して学び、もっと楽に生きる姿勢を体得していくことを目指します。

レクリエーションもまじえ、固定メンバーで、気軽な雰囲気で学べます。

以前の正式なワークをしてからもう10年以上もたちました。
今やらないともうできなくなるかもという、私自身のちょっとした危機感もあり、今年開催することになりました。

一度、ワークの場を体験してみたいとお考えのかた、ぜひお問い合わせください。

詳細は、お茶の水セラピールームのホームページをご参照ください。お茶の水セラピールーム

定員がありますので、締め切ってしまった場合はご容赦ください。




私だけではない

カウンセリングに通っていただいているかたが、時々このブログを読んでの感想やそれをもとに考えたことを語ってくださいます。

ブログには割合一般的なことしか書いていませんので、そのかたの例に沿って考えを進め、私もそのかたも共に深い森田的理解に至ることがあります。

そんなときに、私自身もいろいろな発見をすることがあります。

先日のかたは、ブログを読んで気づいたことがあるとおっしゃいました。
そのかたは「こんなふうに葛藤しているのは、私だけかと思った・・」「皆、自分と同じように葛藤していると、はじめてわかった」と言われたのです。

つまり、他の人の心は、こんな面倒くさい葛藤もなく、きれいに整理されて、すぐ決断ができて、すがすがしいものだと思われていたようです。

確かに「自分だけ特別に劣等だ」というのは、神経症のかた特有の考え方のようです。
こんなことを思っているのは、自分だけ。
こんなにいやなことを感じるのは、自分だけ。
こんなに心がすっきりしないのは、自分だけ。

それが心の中の「葛藤」というものも含め、自分のなかのあらゆることへの批判となって、自分を苦しめるのでしょう。

実は人間の心のなかというのは、それほど大きな差はないのではと思います。

そうでなければ、心理学の理論などできません。
心理学理論というのは、一般的な人間に共通に生じてくるものを法則化したものです。

神経質のかたの性格は、非常に似通っています。
もちろん、まったく同じということはありませんが、神経症になる心のからくりは、共通の性格があったからこそ生じてくるもの。

では神経質の人だけが、特別かというと、そうでもない。
神経質の悩みは、ただ「誰でも共通して感じる感覚」に、過剰に注目してしまったから起こってくることです。
つまり、基盤にある感覚は人類共通のものです。

それを問題視しやすいか、どうか。
ただそれだけのことです。

その根底には、人間のいろいろな性格特徴を「いい、悪い」と価値づけするという考え方があるのかもしれません。

葛藤する人間、優柔不断な人間、すぐ不安になる人間・・・そういう人間は一段下のように思っているのかもしれません。

そしてまた、その価値判断の根底には、自分にとってそういう性格が快か不快か、という感覚的な部分があるのかもしれませんね。



春日大社
春日大社

葛藤こそ大事

先日は、名古屋の一日学習会へ参加させていただきました。
熱気あふれる学習会でした。

「純な心」がテーマでしたが、どなたかが「純な心って、本当はすごく簡単なことなんですね」と言ってくださいました。
実際、「純な心」という概念はまったく難しくないのです。
でも、もしかしたら神経質者のかたが「純な心」に気づくのが難しいのかもしれません。

それはそうと、何人かのかたから、内容が似たお話しをいただきました。

「懇親会のときに、思い切って(私に)話しかけた。それはよかったけれど、話せなかった人に申し訳ない気がした」
「(私に)話したかったけれど、人の目が気になり、そばに行けず残念だった」

神経質のかたというのは(あるいは人間は誰でも)、いつでもいくつかの心が葛藤しているようです。
多分、欲求が多方面にわたっているからでしょう。

たとえば・・
「誰かに話しかけたい」
「でも、他の人もそうしたいと思っているのに、悪いかな」(場を乱したくない、目立たないでいたい)
「他の人がどう思うだろう」(人の目を気にする。いい人でいたい)
「話しかけてうまく言葉が出なかったらどうしよう」(恥をかきたくない)

そうやっていろいろな心が同時にあって、葛藤しているのです。

森田は、このように多くの心が葛藤している人ほど立派な人である、というようなことを言っています。

それはどういう意味でしょう?

もし葛藤のない心なら?

「こうしたい!」と思う心のまま、猪突猛進。周りのことなど目に入らない。人の迷惑も考えられない。
「気まずい」という心のままに、ひたすら引っ込んでいて、自分の欲求には気づけない。
人の目ばかりを気にしていて、身動きできない状態になる。
あるいは、いつも装ったような不自然な自分でいることになる。

森田療法は、欲望を大切にしますが、必ずしも「いつも欲望のままに行動しなさい」などとは言っていないと思います。
同じように「周囲に迷惑がかからないように」などとも言っていません。
そういう教条的な言い方はしないのです。

自分の欲望は大事。
けれど、その欲望を達成するにあたって、心の中に自然に出てくる様々な葛藤も大事。

その葛藤があるから周囲への気配りができることもある。
そうやっていろいろな葛藤のなかで「でも本当は何がしたいか」を感じていく。

その「誰か」と話せなかったことが、ずっと後悔のタネになるなら、その欲望はかなり強いものであるわけです。

それだったら、今回は思い切って話してみよう、という行動を選択してみる。

葛藤しつつ、選択していく。
そしてその選択の責任は自分がとる。

そうやっていつも迷う自分がイヤだ、とおっしゃるかたもいます。
けれど、葛藤して迷い決断していくのが、ある意味、心の普通の働きです。

この葛藤や迷いが不愉快でいやだから、消したいというのは、不可能なこと。

そういう高度で複雑な働きをしている私たちの心が、実は私たちを守ってくれているのです。

奈良の鹿

                          奈良の鹿

森田療法における欲望について その2

とうとう今年もクリスマスが近づき、大晦日が近づき、お正月が近づいております。
忙しくはないはずなのに、周囲にあおられるのでしょうか、なぜか用事が増えます。
自分のなかでも、これは大晦日までにスッキリさせたいという気持ちがあるのだと思います。

そんなわけでなかなかブログに手がつけられませんでした。

「欲望」のことです。
前回は、欲望を「かくあるべし」で押しつぶさないということを書きました。

今回は、欲望によって押しつぶされている話。

ときとして、いつまでも悶々と悩み続ける方のなかに、過大な欲望を追い求めている人がいます。

欲望はあっていいもの。
しかし、その目指すところが大きすぎると、かえって自分の足りなさが意識されて苦しむのです。

「理想が高い」という言葉で言い換えることもできますが、「理想」より「欲望」のほうが近い。
理想が変わればいいというものでもなく、何かもっとお腹の底から求めている感じです。

なぜ欲望がそこまで過大になるのか。
多分、その人のどこかに、深い劣等感があるのかもしれません。

防衛機制でいうと、劣等感を「補償」するために、心のなかで大きな理想像を描き、いつかはそうなる自分、皆を見返す自分を欲しているのかもしれません。

それはそれでいい。
しかしこのような過大な欲望が自分を苦しめることがあります。

そういった欲望は、大きすぎるために漠然としている場合が多い。
だから現実の世界では、努力もしているし、いろいろなことを成し遂げてもいるのに、「もっと、もっと」という焦りがいつもある。
実際は多くのことをしているのに、まだまだ劣等感に苦しめられる。

お腹の底から欲している、この「過大な欲望」にどう対処したらいいのでしょう。

まずは、前回のブログで述べたように、これを否定したり抑圧したりしないことです。
欲望は「あっていいもの」ですから。

そして、それを持ちながら、そこに到達するまでの道のりを「具体的に」考えてみる。

イメージしてみると、その道のりのどこかで、ものすごいジャンプが必要になってくるような感じがすると思います。
自分の、欲望達成への道のりが漠然としていることを認識しましょう。

そして、ノートなどを広げて、その達成のために必要なことをひとつひとつ書き出してみる。
必ずや「中間目標」のようなものが出てくるでしょう。
たくさんの通過地点を通らないと、そこまでいけないこともわかるでしょう。

過大な欲望を持つ人は、その「中間目標」すらも達成できない自分を考え、また劣等感へと引きこもってしまうのです。

そんなときには、自分が今まで成し遂げたことも、ひとつひとつ書き出してみましょう。
「こんなこと、くだらない」と思っても、実はたくさんのことをしてきたはずです。

森田療法では「具体的に」ものごとを考えることが大事と言います。

「中間目標」すら達成できないとわかれば、もっと目標を低くする。

時としてそれは、自分の自尊心を傷つけることかもしれませんが、人はそこからしか出発できない。
苦しくても、現在の自分を認める(あるがままの自分を認める)ことによって、何から手をつけたらいいか、わかります。

そうしたらあとは簡単。ただ目の前の身近な目標を辛抱強く達成し続けるだけです。

確かに大きな目標を持ち、野心を持つことは、人を鼓舞します。
しかし時として、それをあまりにリアルに求めすぎるがゆえに、自分が傷つくこともあるのです。


紅葉3


劣等感のお悩み、ご相談ください お茶の水セラピールーム

森田療法における欲望について その1

今回は少し長い引用をいたします。森田正馬全集5巻284頁からです。
ここに書いてあるのと、同じようなことを言われる方が続いたので。

「形外会の自己紹介のときでも、言いたいことの十分の一も言えない。それならそれで満足し安心ができるかというと、そうはいかない。残念でならぬ。ただ自分が弱いからしかたがないまでのことである。このままあきらめることはできない。一晩二晩眠れぬこともある。尻尾を巻くのは、すなわち恐怖である。残念で、あきらめられないというのが、すなわち欲望である。この恐怖と欲望の間の葛藤が大きくて、その苦痛を押しきっていくのが、立派な人であり、偉い人である。その恐怖を否定し、あるいは欲望を捨てようとか、工夫するのが似て非なる修道者であり、強迫観念であるのである。」

よく聞くお話しなのですが、友人との雑談ではいつも聞き役で、話したいことがあるのにまったく発言できない、あるいはディスカッションの時間に、皆が立派なことを臨機応変に発言するのに自分はまったく発言できない。
そんな悩みをお持ちのかたがいます。

それでいい、と思う人なら問題はありません。
つまり発言とか、皆の前で立派なことを言うことに欲求がない人ならばそれでいい。
(欲求が向かうところは、その人によって異なります)

ただその後に「悔しい、残念」という感情が残るなら、それはそこに欲望があるということです。
この感情は、イヤなものかもしれませんが、純な心。大切です。
欲望のありかを示してくれているからです。

恐怖やイヤな感情はありながら、でもどうにかこの「欲望」をかなえようと工夫していくことが、自分を命の流れに乗せることになります。

さて、最後のところで「恐怖を否定し」「欲望を捨てようとする」という言葉が出てきます。今日書きたいのはこのあたり。

つまり、時々自分で自分の「欲望」を否定することで、強迫観念に陥っている人がいるような気がするのです。

つまり「欲望」に対して「かくあるべし」で押しつぶしているのです。

たとえば、「自己顕示欲」などという名前を付けて、「自分にはそんな醜いものはない」と思う。
「名誉欲」や「金銭欲」はあさましいものと思って否定する。
自分には「死の恐怖」はないと公言したりする。
武士道みたいな価値観から来ているのかもしれませんね。

そういう人は、やる気満々の他の人を批判したりするわけです。
「あぁぁ、あんなにがんばっちゃってみっともないな」とか。

ちなみに言えば、本当にそういう欲求が少ない人は人を批判したりしないでしょうね。
気がつかないでしょうから。

欲望を認めることは、恥ずかしいことではない。
欲望があっても、別に公表する必要はないですし、心のなかは何を考えようと自由です。
欲望を否定すると、まるで自分が汚いもののように思えてきます。
むしろ、欲望を自分から隠しているほうが、無意識の嫉妬に変化して悪さをしたりするでしょう。

もうひとつ、堂々と欲望を認めてがむしゃらに何かを獲得しようとすることが森田療法だというわけでもありません。
「こんなにガツガツしてちょっと恥ずかしい」というくらいがちょうどいいのです。
つまり「みっともないかな?」というのも純な心で、それがあるから調和がとれるのです。

「私は森田療法やっているから、自分を認められるようになりました。やりたいことに邁進します!」といって、ただただ前進というのもちょっと違う気がします。

微妙なことなのですが、そのプロセスのなかで、「これはやりすぎたかな? 言い過ぎたかな? 恥ずかしかったかな? 場にそぐわなかったかな?」という気持ちが湧いてきたら、それも大事にする。

そういう繊細さは大事なシグナルで、私たちを調和ある行動に導いてくれるのです。
森田療法は、性格のなかにある 感じやすさ、繊細さや小心さを否定しない。
そのまま活かしながら、よりよい現実生活へと導いていくものです。


紅葉

森田療法をもっと深く学びたいかた、歓迎します お茶の水セラピールーム
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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