漱石の母
唐突ですが、夏目漱石の話です。
私は漱石の小説よりもエッセイ、小品と言われるもののほうが好きです。
「夢十夜」はあまりにも有名ですが、「永日小品」とか「思い出すことなど」「硝子戸の中」など、自身を見る突き放した目、ユーモアの味わいや、ごく自然でありながら引きずり込まれるような文章など、何度読んでも飽きません。
特に「永日小品」のロンドンの霧を描いた文章など、こちらまで黒い霧のなかで息がつまりそうな迫力です。
さて、漱石は晩年の作「硝子戸の中」に、自分の生い立ちを書いています。
これは有名な話なので、ご存知のかたも多いと思います。
漱石は、両親が歳をとってからできた末っ子で、母はこんなに歳をとって懐妊するのは恥ずかしいと言ったのだそうです。
そのせいか、彼は生まれてすぐ里子に出されます。
ところが、古道具屋に里子に出された彼は、毎晩その道具屋の夜店のザルのなかに入れられて道端にいたのだそうです。それを、姉が見つけ、可哀想に思って家に連れ帰ります。
しかし、すぐまた他の家に養子にやられ、8、9歳までその養家で育てられますが、その養父母のゴタゴタのせいで、結局実家に引き取られることになります。
実家に帰った漱石は実父母を、祖父母だと思いこんでいたそうです。
ところが、1人の女中が、漱石のことを可哀想に思ったのか、ある夜彼に「あなたがお爺さんお婆さんと思っている人は、本当はあなたのお父さんとお母さんなのですよ」と教えてくれます。
そしてその母も、彼が13,4歳のときに死んでしまいます。
こういう事実だけ見ても、実父母は、あまり彼のことを大事に思っていなかったのではないかと推測されます。
しかし不思議なことに、漱石は母のことを「品位のあるゆかしい婦人」と描写し、家中で一番私を可愛がってくれたものは母だという「強い親しみ」の心を持っているのです。
小さかった彼は、昼寝中に「どうにもできないほど多額の金銭を使ってしまった」という悪夢を見て、母を呼びます。すると母は階段を上って彼のところまできて「心配しないでもよいよ」と言ってくれるのです。
ところが、これは本当のことかどうかわからない。
それ自体が夢なのかもしれない記憶なのです。
この「硝子戸の中」のいくつかの文章を読んでも、どうも漱石は母を遠くから見ているような感じがします。
つまり彼の母は、普通の母のように彼を世話したり、近くにいてくれたりという存在ではないのです。
しかしなぜ漱石は、そんな「遠い」母が自分を愛してくれたと思うのでしょう。
まがりなりにも彼の世話をした養父母にはなぜ親しみを感じないのでしょう。
彼が「硝子戸の中」で描いている母は、多分彼にとっての「幻想の母」なのです。
実際の母ではない。
彼は、自分のなかに美しい母の幻想を作る必要があったのでしょう。
「母」という存在には、そういう側面があります。
言ってしまえば、私たちは、「実際の母」の影絵のような存在として「幻想の母」を持っているものなのではないでしょうか。
不可思議で、神秘的で、残酷で、美しい。
人間にとって、母とはそのような奥深さを感じさせるものだからこそ、私たちの心を大きな力で支配するのかもしれません。


11月28日(金)のACミーティングでは、メンバーで「母」についての意見交流をいたします。
参加ご希望のかたは、ご連絡ください。
私は漱石の小説よりもエッセイ、小品と言われるもののほうが好きです。
「夢十夜」はあまりにも有名ですが、「永日小品」とか「思い出すことなど」「硝子戸の中」など、自身を見る突き放した目、ユーモアの味わいや、ごく自然でありながら引きずり込まれるような文章など、何度読んでも飽きません。
特に「永日小品」のロンドンの霧を描いた文章など、こちらまで黒い霧のなかで息がつまりそうな迫力です。
さて、漱石は晩年の作「硝子戸の中」に、自分の生い立ちを書いています。
これは有名な話なので、ご存知のかたも多いと思います。
漱石は、両親が歳をとってからできた末っ子で、母はこんなに歳をとって懐妊するのは恥ずかしいと言ったのだそうです。
そのせいか、彼は生まれてすぐ里子に出されます。
ところが、古道具屋に里子に出された彼は、毎晩その道具屋の夜店のザルのなかに入れられて道端にいたのだそうです。それを、姉が見つけ、可哀想に思って家に連れ帰ります。
しかし、すぐまた他の家に養子にやられ、8、9歳までその養家で育てられますが、その養父母のゴタゴタのせいで、結局実家に引き取られることになります。
実家に帰った漱石は実父母を、祖父母だと思いこんでいたそうです。
ところが、1人の女中が、漱石のことを可哀想に思ったのか、ある夜彼に「あなたがお爺さんお婆さんと思っている人は、本当はあなたのお父さんとお母さんなのですよ」と教えてくれます。
そしてその母も、彼が13,4歳のときに死んでしまいます。
こういう事実だけ見ても、実父母は、あまり彼のことを大事に思っていなかったのではないかと推測されます。
しかし不思議なことに、漱石は母のことを「品位のあるゆかしい婦人」と描写し、家中で一番私を可愛がってくれたものは母だという「強い親しみ」の心を持っているのです。
小さかった彼は、昼寝中に「どうにもできないほど多額の金銭を使ってしまった」という悪夢を見て、母を呼びます。すると母は階段を上って彼のところまできて「心配しないでもよいよ」と言ってくれるのです。
ところが、これは本当のことかどうかわからない。
それ自体が夢なのかもしれない記憶なのです。
この「硝子戸の中」のいくつかの文章を読んでも、どうも漱石は母を遠くから見ているような感じがします。
つまり彼の母は、普通の母のように彼を世話したり、近くにいてくれたりという存在ではないのです。
しかしなぜ漱石は、そんな「遠い」母が自分を愛してくれたと思うのでしょう。
まがりなりにも彼の世話をした養父母にはなぜ親しみを感じないのでしょう。
彼が「硝子戸の中」で描いている母は、多分彼にとっての「幻想の母」なのです。
実際の母ではない。
彼は、自分のなかに美しい母の幻想を作る必要があったのでしょう。
「母」という存在には、そういう側面があります。
言ってしまえば、私たちは、「実際の母」の影絵のような存在として「幻想の母」を持っているものなのではないでしょうか。
不可思議で、神秘的で、残酷で、美しい。
人間にとって、母とはそのような奥深さを感じさせるものだからこそ、私たちの心を大きな力で支配するのかもしれません。
11月28日(金)のACミーティングでは、メンバーで「母」についての意見交流をいたします。
参加ご希望のかたは、ご連絡ください。