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私のままで

前回、堂々と「私はいつもギリギリになってしか、ものに取り組まない人です」と書きましたが、「それでいいの?」と思われるかたがあるかもしれません。

そこを直さなくてはいけないんじゃないの?
それは一種の居直りじゃないの?
・・・・それが、普通の感覚でしょう。

もちろん、早くする必要があるものに関しては、なるべく早く済ませます。
すぐ返事を出さなくてはならない手紙、メールなどはなるべく早く返事します。

しかし例えば、数ヶ月先のレクチャーの内容を考える等というとき、すぐに着手ということができない。
ギリギリになって慌てるのがイヤだから、早く・・と気は焦りますが、どうも後回しにする癖があるようです。

一時はこれを直そうとしました。
しかし、今はこんなふうに考えています。

「自分はギリギリになってしかできない人間だ」とまずは認識する。
そして、ギリギリになってしか着手できないのだったら、まずは日常できる準備をしておく。

例えば、小さなノートを持ち歩いたり、スマホの録音機能を使って、そのレクチャーの組み立てやヒントをメモしておく。

必要な書籍や論文を読んでおく。

そしていよいよとりかからなければ危ないというときになって、今までのメモを使って当日の資料を一気呵成に仕上げるという方法です。

しかし、この方法のリスクは、仕上げの時期に風邪をひいてしまったり、何か突発的なできごとがあったら、間に合わないとか、内容が不出来になるとかいうこと。

そのときには、謝罪するなり、不評を甘んじて受けるなり、その責任を引き受ければいいのです。


つまり、まずは「自分はこういう人間だ」と気づくこと。
そして現在の自分から出発すること。

自分が症状のために、仕事中も気が散ると気づいたら、まずは(今は)そういう自分だという事実を踏まえる。

「症状を治して、集中できる人間になろう」という方向ではありません。

(神経質はしばしば自分の価値判断で自分を評価し、それでも自分を変えることができず「自己嫌悪」という状態になります)

「今の自分は集中できない人間なのだから、それでも仕事でミスをしないためには、どうしたらいいのか」と考える。

それが「ありのまま」の自分で生きるということです。

「まずは症状をとってから」「まずはできる人間になってから」のような思考ではなく、「今、ここ」のそのままの自分から、出発する。

そのままの自分で、目の前の事実のほうを工夫していく。
向上欲求は、「事実」のほうに向ける。

そして「事実」が変化していけば、周りの人はその「事実」しか見えませんから、それがあなたへの周囲の認識になるのです。

たとえ、心のなかは「症状」で苦しんでいようと、あなたが役割や仕事をこなせば(決して立派にこなす必要はありませんよ!)、周囲の人には「きちんと仕事をこなす人」としか見えないのです。

それが森田療法で言う、「あるがまま」の自分でいるということ。

決して不自然なことでも、むずかしいことでもありません。



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プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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