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人がこわい

ひとくちに対人恐怖といっても、いろいろなかたがいます。
森田神経質の対人恐怖のかたも、人がこわいのですが、また違う意味で人がこわいかたがいます。

多分、診断的にはひとくくりで「対人恐怖」と名付けられてしまうのかもしれません。
しかし森田神経質の「対人恐怖」は、人にプライドを傷つけられる恐怖です。
仲間外れにされる恐怖です。

そういう恐怖ではなく、何か本能的に人がこわい人がいると思います。
もっと直接的な、相手がどのような人でも感じる恐怖。
暴力的に相手に侵入される恐怖と言ってもいいかもしれません。

特に女性にこわさを感じるとか、特に年上の男性に感じるとか、そんな恐怖もあります。

それは多分、過去の経験によって出来上がったものなのかもしれません。

暴力的な家庭で育った。
あるいは日常的に暴力的な場面を見て育った。
日常的に、暴言にさらされて育った。
家族(親)との愛着に問題があった。
トラウマ的な体験をした。

こういう恐怖は言葉では説明できません。
あるいは自分が恐怖を感じていることすら自覚しないことがあります。

これにひきかえ、対人恐怖の場合は、なんとなく言葉で説明できそうな気がする。
「自分がこうなれたらいいのに」とか「こんなことがあるからいやだ」とか。
自分のこわさが説明できるし、その「こわさ」は自分が欠点と思うひとつのことに集約されてたとえば「視線恐怖」とか「赤面恐怖」とか「手が震える」とかいうことになります。

本能的に人がこわい場合、それは理屈や言葉を越えている部分なので、自分で自分を持て余してしまうようなことになりがちです。

もう一歩のところで親しくなれそうだけれど、こわくて逃げる。

これは神経質的対人恐怖のかたにもあります。
ただ、その場合は「見知られる恐怖」つまり自分の正体がばれてしまう恐怖です。

もっと違いを言えば、神経質的対人恐怖のかたは、むしろ親密な関係では対人恐怖は出ない。
家族のことはまったくこわくなかったり、結婚してしまえば親密な関係を維持できます。

トラウマ的な対人恐怖のかたは、親密になればなるほど、つまり物理的な距離が近づくほどこわくなります。
あるいはそこで問題が露呈したりします。

今まで社会ではうまく振舞っていたのに、親密な関係を築くことができない。
養育環境の影響で、周りの空気を読むことがうまくて、集団ではそつなく振舞うことができる。
しかし、人に本当に近づくのがこわい。
そういう人もいます。

ひとくちに「対人恐怖」と言っても、中身は違うのです。
もちろんのことながら、対処のしかたも違います。

社会で生きていくうえで人がこわいと感じるのは、辛いことだし、たいへんなことです。
ただ、今現在の自分の持っている「恐怖」を認め、そしてその怖さがどこからきているのか知ることは、克服の第一歩になることでしょう。

自分はただ気が小さいだけではない。
恐怖には理由も原因もあり、自分の責任ではないという安心感にもなるのです。


樹氷


対人恐怖でお悩みのかた、ご相談受け付けております。 お茶の水セラピールーム
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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