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理論と現実

遥か昔、仕事で初めて森田正馬の書いたものに接したとき(20代前半でしょうか)、私は少し腹立たしく感じました。

それまでの私は熱心に哲学書とかフロイトとかを読んでいたのです。

森田の書いていることが、理論的に単純、深みがなく、処世術の本みたいに思えたのです。
「これを精神医学と呼ぶ?」「日本の精神医学ってこのレベル?」と腹が立ったのです。

でも、なんと不思議なことでしょう。
今では、森田全集の5巻など、何回読み返しても飽きない。
そのたびに新鮮な発見があるのです。

これが森田療法の不思議なところです。

だから世の中には、精神療法を勉強したいと森田療法の本を読んで、「深みがない」とすぐに学ぶのをやめてしまう人も多いでしょう。
現にそういう人を何人も知っています。

だってフロイトを読んでみたら、本を置いてしばし考えて頭をまとめなければならないほど複雑な理論が詳細に検討されています。
とっても知的で論理的。
知的な人には魅力的。

森田正馬はそんな書き方を絶対にしない。

森田療法の核心は、最初からはっきりと定まっていて、それは言葉ではなかなか表せない部分です。
それで彼はたとえ話とか、具体例、禅の言葉などを使ってそれを表現しています。

だから頭でとらえようとすると、理解できない部分がたくさんある。
でも、自分が体験して、それから読んでみると「そうか、このことだったんだ」と理解できるのです。

つまり森田療法の本は(原典がのぞましい)教科書のように読むのではなく、折にふれて読み返してみると、以前にはわからなかったことが、はっきりとわかるようになるというものなのです。

つまり森田療法は現実にもとづいたものなので、自分が現実を知り分けるようになればなるほど、理解できるものと言っていいかもしれません。
そしてより深い自覚にたどりつけるのです。

森田正馬は、帰納的な考え方をベースに治療法を創造しました。
帰納法というのは、まず事実、実証があり、そこから推論を導き出すという方法です。
もうひとつ、演繹法という論理の方法があり、まず前提になる理論があり、それをもとに他の理論や実証を使って、推論を導いていくという方法です。

もちろんひとつの理論を構築するには、この二つの方法を織り交ぜていかなくてはなりませんが、どちらの傾向が強いかと言えば、森田の方法は徹底的に帰納的なのです。

だからこちらも、ひととおりの理論を理解したら、まず実践してみる。
それがないと事実の裏付けがないということですから、知的にはつまらない理論のままでとどまります。
もちろん核心の部分を瞬時に理解できるケースもあります。
ただ、それを目指したら絶対に到達できない。森田療法にはそういうパラドクスがあります。

それとは別に、森田療法には、現在自分が一番怖いと思っていることをあえて実行していくという側面もあります。

経験したかたならおわかりと思いますが、怖いと思っていたことを実行してみると、意外に事態はそれほど大変なことにはならない。
外側の事態も、自分の心の状態も、怖い怖いと思って心配していた事態とはまったく違う方向に行くものです。
(もちろん「絶対にうまくいく」なんてことを森田療法は言いませんよ。それは非科学的ですから)

つまり、大抵の場合、何かを前に進めてみると、事態は心配していたこととは違う展開になってくる。
そして何が起こったかをしっかり把握して、自分の欲求を手がかりに次の一手を考える。
それが生活を前に進めていくということですし、自身が変化していくということです。

そんな流れは理論では予測できない。

私たちがおさえておかなくてはならないのは、現実や事実、自分の心身などというものは、実は理論や言葉をはるかに超えた存在だということなのです。


梅の花


森田療法を学び直したいというかたも歓迎します お茶の水セラピールーム
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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