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強迫神経症について その1


今回は強迫神経症について。
ひとつ確認しておきますが、森田神経質と言われる森田療法適応の症状の根には、すべて「強迫性」というものがあります。
たとえ症状が対人恐怖でも、不安神経症でも、身体のことが気になる普通神経症でも、すべて根底にあるのが、この「強迫性」です。

強迫神経症にだけ、強迫性があるわけではありません。

強迫性とは、ひとつ気になることがあると、何度も何度もそこに気持ちが戻ってきてしまい、ついには気持ちがその「気になること」から離れなくなるという心性のことです。
森田療法はこの強迫性(それと自己愛性)に対する療法です。

強迫神経症についてはいろいろと語りたいのですが、今回はとあるかたがご自身の症状を参考にしてくれてもいいと言ってくださったので、それを例にして説明してみたいと思います。

このかたの症状は、こんなふうでした。
「私の症状は、エイズが蔓延し始め不治の病と言われた頃に、どうもエイズ恐怖症に近かったような気がします。エイズウイルスは空気に触れれば5分ぐらいで死滅すると言われていますので、現在はエイズのことは気になりませんが、今はそれよりトイレに行った後の靴の裏とか、汚い道路を歩いてきたあとの靴の裏とかが汚いものと思うようになりました。ひょっとして汚いものを踏んできたのではないかと気になってしまうのです。頭ではそんなことはアバウトでいいと思っても、感情に負けてしまいます」

エイズ恐怖症は、疾病(しっぺい)恐怖に分類されるものです。
疾病恐怖とは、自分がたいへんな病気にかかっているのではないかと恐怖し、そのことで頭がいっぱいになることです。
癌恐怖などもそうですね。

病院で「あなたはHIVに感染していません」と太鼓判を押されても、それでも信用できません。
何回も検査を繰り返したりします。
誰でもエイズはこわいのですが、検査をして違うとわかれば安心します。

疾病恐怖の人は安心できない。
不安と疑いを持ち続けます。

このかたは、その症状は消えて、現在は不潔恐怖に悩んでいらっしゃるようです。
これも神経症の面白いところですが、症状が移り変わることがある。

不安神経症の人が強迫神経症になることがありますし、強迫神経症では恐怖の対象が移り変わるのです。

頭のなかだけで何かをこわがっているのが強迫観念。
その強迫観念から解放されたくて、行動してしまうのが強迫行為。

まれに強迫行為をしても、それを治そうとする意欲が薄い人がいます。
つまり「それをすることが気持ちいいから」いつまでも手を洗ってしまう。
そういう人もいます。
こういうかたは、精神療法には向かないようです。

殆どの強迫神経症の方は、なんとかして治したいという強い意志をもっています。

強迫観念、強迫行為は、あまりに苦しいし、外からもよくわかるし、生活に支障をきたす、家の人などに迷惑をかけることがあるので、これをなくそうと焦るのです。

ですから強迫神経症を治すと言われるいろいろな治療法では、技法論が盛んに語られます。

強迫神経症の人たちも、「こうしたらいい、ああしたらいい」と、強迫行為をやめる方法の模索に必死です。

ところが、森田療法的に言うと、(もちろんのことながら)その方法の模索がさらに症状を悪化させることになります。

森田は言っています。
「治療に拘泥するということは、同時に病に執着するということである」(全集1巻)

実際、強迫神経症は「徐々に」治っていくというより、あるとき気づいたら症状がなかったというふうになっていることが多いのです。
また次回にそのことについて書きたいと思います。



7月の花

プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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