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私だけではない

カウンセリングに通っていただいているかたが、時々このブログを読んでの感想やそれをもとに考えたことを語ってくださいます。

ブログには割合一般的なことしか書いていませんので、そのかたの例に沿って考えを進め、私もそのかたも共に深い森田的理解に至ることがあります。

そんなときに、私自身もいろいろな発見をすることがあります。

先日のかたは、ブログを読んで気づいたことがあるとおっしゃいました。
そのかたは「こんなふうに葛藤しているのは、私だけかと思った・・」「皆、自分と同じように葛藤していると、はじめてわかった」と言われたのです。

つまり、他の人の心は、こんな面倒くさい葛藤もなく、きれいに整理されて、すぐ決断ができて、すがすがしいものだと思われていたようです。

確かに「自分だけ特別に劣等だ」というのは、神経症のかた特有の考え方のようです。
こんなことを思っているのは、自分だけ。
こんなにいやなことを感じるのは、自分だけ。
こんなに心がすっきりしないのは、自分だけ。

それが心の中の「葛藤」というものも含め、自分のなかのあらゆることへの批判となって、自分を苦しめるのでしょう。

実は人間の心のなかというのは、それほど大きな差はないのではと思います。

そうでなければ、心理学の理論などできません。
心理学理論というのは、一般的な人間に共通に生じてくるものを法則化したものです。

神経質のかたの性格は、非常に似通っています。
もちろん、まったく同じということはありませんが、神経症になる心のからくりは、共通の性格があったからこそ生じてくるもの。

では神経質の人だけが、特別かというと、そうでもない。
神経質の悩みは、ただ「誰でも共通して感じる感覚」に、過剰に注目してしまったから起こってくることです。
つまり、基盤にある感覚は人類共通のものです。

それを問題視しやすいか、どうか。
ただそれだけのことです。

その根底には、人間のいろいろな性格特徴を「いい、悪い」と価値づけするという考え方があるのかもしれません。

葛藤する人間、優柔不断な人間、すぐ不安になる人間・・・そういう人間は一段下のように思っているのかもしれません。

そしてまた、その価値判断の根底には、自分にとってそういう性格が快か不快か、という感覚的な部分があるのかもしれませんね。



春日大社
春日大社

プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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