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興味の偏り

コロナウィルスのニュースばかりのこの頃、恐怖心が日に日にあおられます。
昨日は私も空咳が出て、喉が痛く、風邪みたいな症状・・・とうとうコロナかと思ったのですが、自分には花粉症があるということを思い出しました。
花粉も飛び始めているのですよね。

外に出てみると、まったくマスクなどつけていない人も多い。
もちろんマスクが手に入らないということもありますが。
予防効果はないという科学的な説を信じて、断固装着しないという人もいるでしょう。
日本でたった140人程度(今のところ)。
自分はうつるはずがないと信じて、気にならない人もいるんでしょうね。

不潔恐怖のかたは、こんなときどうなるのでしょう。
空想上の黴菌が、現実のウィルスになったのです。
闘う相手が明確になったわけですが、行かれないところが広がり、清潔儀式が煩雑になっていくのでしょうか。
今までの自分の手洗いで充分と感じてそのままでいるのでしょうか。

神経症のかたでも、あまり気にならないというかたもいらっしゃると思います。
同じ神経症でも気になる方面は人それぞれでまったく異なります。
自分の頭のなかの観念に夢中で、自分が病気にかかることなど心配もしないかたも実際にいらっしゃいます。

「気になり方」の偏りは、人それぞれで本当に興味深い。

もちろん症状を掛け持ちしているかたもいて、そういうかたは多方面のことが気になります。
けれど、自分の強迫観念が気になるあまり、対人関係のことなどまったく気にならないかたもいらっしゃいます。
たとえば、しつこく人に確認を要求したら、相手は自分のことを変に思うし迷惑だろうということに、その時は思い当たらない。
ひたすら確認して自分が安心することだけを目指してしまうのです。

一方で対人関係が気になるあまり、病気のことなど気にもかけないかたもいらっしゃいます。
あんまり怖く感じられないのでしょうね。

とにかく神経症の時期は、その人の関心の焦点が非常に狭い範囲に偏るということは言えます。
でも人間の常として、自分の関心の範囲が偏っているということには気づかない。

私はよく、カウンセリングの初期に「お仕事を丁寧になさってください」的なことを言います。
するとたいていの神経症のかたは「私はちゃんとやっています」と言われます。

けれど症状的なことが頭を占める割合が少なくなってくると、本当は自分の仕事のしかたが効率的ではなかったとか、全体のことを考えていなかったとか、わかるようになってきます。

すこしずつ客観的な現実が見えるようになってくると、自分の偏りも見えるようになってくる。
そうなってくれば、症状にはもうそれほど煩わされない境地になっているでしょう。

もちろん神経症でなくても、人によって興味関心の偏りはあります。
偏りがあってはいけないということではなく、時々、自分の現実を客観的な目で見直してみることは、誰にとっても必要なことでしょう。


梅
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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