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後悔と「努力即幸福」

さて、花に季節があるように、人生にも季節があります。
私自身も自分の生きてきた道筋を俯瞰できる年齢となりました。

そんなときには当然「充足感」だけではなく、後悔の念も湧いてきます。
「あの時にあんな選択をしなければ・・・」
「もう少し早く決断していれば・・・」
しかし、そういう思いに重く引きずられることもなくなりました。

森田療法の「努力即幸福」という考え方は、そんなときに大きな助けになります。

この言葉は「努力しなさい」という言葉ではないと、私は思っています。
何度もこのブログで解説しているし、著書でも書いているので、ご理解いただいていることと思います。

シンプルに言い換えれば「結果よりプロセス」ということです。
試験のために勉強した、けれど試験に落ちた。
それですべてがダメになったのでしょうか?

試験など「時の運」という部分もあります。
ヤマがはずれた、交通機関が遅れた、当日風邪をひいた・・・そんな不運はそこら中にあります。
結果として試験には失敗したとしても、それは本当に失敗だけなのでしょうか?
「努力即幸福」とは、目標のために努力した、その「努力」のなかにこそ幸せがあるという考え方です。

結果として希望はかなわなかったけれど、そのときに自分が目標のためにいろいろ試し、学んだり、経験したりしたこと、それこそが人生の宝物なのです。

時として慎重すぎる人は、「失敗するかもしれない」「途中で放り出すことになるかもしれない」などと考えて、挑戦することさえ控えてしまいがち。
強迫的タイプのかたは、将来の自分の落胆さえも頭のなかで空想して、それを回避するために逃げたり、思考のやりくりをします。
結局、自分自身は何をしているかといえば、行動せずに考えているだけ。
失敗や落胆(不快な感情)を回避するためだけの人生になってしまいます。

それで満足であればいいのですが、神経質タイプのかたはその反面に大きな欲望を持っているので、葛藤のために苦しくなります。

現代的な「成功」とか「達成」とか「持続」とか、そんなものを美徳と思う必要はない。
失敗しても途中でギブアップしても、そこに至るまでに何らかの努力をしたり、工夫をしたりしたはず。

最初の文章に戻れば、つまり、私が後悔しているような選択や、企画しても達成できなかったことも、そのなかに実は大きな意義があったのではないかということです。
苦心したり、試行錯誤したり、次の選択をしたり、その経験こそが人生なのです。

成功とか達成とかの目標を持つのを否定しているわけではありません。
ただ、目標に向かっていたときのプロセスも、人生の中で私たちが誇るべきものなのだと思うのです。

はる

T.H氏撮影

プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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