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漱石の病気 その1

夏目漱石の「神経衰弱」については、後世、いろいろな病名がつけられてきました。

彼は、極度の被害妄想があり、皆が自分のことを詮索し、悪く言い、足をひっぱると考えていました。

そして、ロンドンから帰った後、「発病」し、この妄想をもとにして前回書いたような怒りの発作、家族に対する乱暴になって現れてきました。

ところがその病的状態には時期があって、一定の期間の後にはもとの漱石になるのです。しかし、また何年かすると、同じような状態になります。

家族に対して怒っているときも、社会生活、仕事は普通にこなしていました。

妻・鏡子が書いているところによると、怒りが暴発するときには生理的な変化があり、顔が酒に酔ったように赤くなるのだそうです。(ちなみに漱石は下戸でした)
もうひとつ、彼女が言っているのは、持病の胃潰瘍が悪化すると、精神的な状態は安定に向かう傾向があったそうです。

前回書いたように東大の呉秀三は「追跡狂」と診断しました。
統合失調症のようなものを考えていたようですが、漱石には統合失調のような人格の崩れは見られませんでした。

あれだけの作品を書き、社会生活はきちんとこなしていたのです。

漱石を解剖した長与又郎は、糖尿病性の精神病ではないかと推論しましたが、これは稀なことですし、もしそうであれば意志力・集中力に欠けるようになってくるのに、そういう気配はなかったので、これも推論に過ぎなかったようです。

その後、いろいろな病跡学の研究が出ました。

周期的なものがあるので、躁うつ病ではないかという説もあります。

確かに性格的には粘着的で「うつ」親和的な感じはしますし、人はうつ状態になると、普段その人が抱いているネガティブな感覚が増幅されて出てくるようなところがあります。

けれどこれだけ激しい被害妄想を伴ったうつ状態というのは、珍しいかもしれませんし、もうひとつ言えば、漱石の近親者には「うつ」的な人も「統合失調」的な人もいなかったのです。

彼は自分自身でも、この「頭の変調」を自覚し、かなり苦しんだようです。

その頃の精神医学は、その人の生育歴がその後の人生にどのような影響を与えるかを考慮することはあまりありませんでした。

今の概念から言えば、彼は躁うつプラス「愛着障害」だったのではないかと思います。

もちろん大人になってから、これだけ激烈な症状が出るというのも、あまりないことなのかもしれません。

「愛着障害」というのは、ネグレクトや里親が転々と変わることにより、幼児期(1~3歳頃)に養育者との安定したアタッチメントが形成されない、あるいは不足することによって起こってきます。

鏡子夫人の本によると、漱石の場合、生まれてすぐ古道具屋に預けられただけでなく、3歳まで(お乳の出る人を頼って)何回かいろいろなところに預けられていたようです。

なおかつ3歳から養子になった家では、偏った愛し方をされたようです。

欲しいものは何でも買ってもらえて、「お前のお父さんは誰?」「お前のお母さんは誰?」と問われて、しかたなく養父母を指すという奇妙なことをさせられました。
(このあたりは「道草」に詳しい)

なおかつ彼らはそのうち、養父の浮気のことで、子供の目の前で大げんかするようになり、夫婦別れになって、漱石が実家に戻されるのです。

その後、漱石が長じると、養父母は金銭をせびり、たかるようになります。

「私たちがお前の本当の父母だよ」と言っていた人たちが実は父母ではなく、祖父母だと思っていた人たちが本当の父母であるという生い立ちで、漱石が人を信じることができなくなったのも自然かもしれません。

なおかつ、実母は彼のすぐ上の兄を溺愛し、実父は姉たちを可愛がっていたようです。

「誰にもきちんとは見てもらっていなかった」漱石が、「見張られている」という妄想を持つのは人間心理の不思議なところです。

(つづく)


          紅葉a
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No title

私も幼稚園の頃この「見張られている」という恐怖で心の中はいつもパニックでした。
言動は普通だったので気づかれませんでしたが。
虐めや虐待などはなかったのでいまだに理由がよく分からず、恐怖感と緊張感だけ覚えています。

小学校の頃はいつも理由もなく心細く、現実感覚がなくて夏目漱石の本を御守りにしていました。

ところでこういう神経症(神経衰弱)の時、頭がまわらなかったり、身体が動かないってことありますか?

Re: No title

N様 コメントをありがとうございます。詳しくお話を聞かないとN様の神経症のことはよくわかりません。でも神経症の症状真っ最中のときは、違和感や恐怖に集中してしまうので、その人の能力は十分に発揮できないことは確かですね。

No title

お返事有難うございました。
少しずつ回復できるようにしたいと思います。
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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