教育虐待
先日、休みの日に、喫茶店で読書をしていました。
コーヒーを飲みながらゆっくり読書するのは、私のリラックスの時間です。
もちろん家で読書すればいいのですが、家にいると、「こんなことしている場合じゃない、あれをやらなくちゃ、あそこを片付けなくちゃ」と気が散るので、喫茶店のほうが集中できます。
さてその日は、隣に四人の親子連れがいるのには気がついていました。
他に席が空いていなかったので、とりあえず、その席へ。
本を読んでいると、隣にいる家族の母親の声がだんだん高くなってくるのに気づきました。
どうも小学校高学年(らしい)娘に説教しているようです。
どうやらこの子が、今まで中学受験に乗り気だったのに、「やめたい」と言ったらしいのです。
それに母親が猛然と反論・説得しているのです。そばにいる若いお父さんも、声は小さいながら「うん、お母さんの言うとおりだ」的な発言を時々します。
母親は、何回も同じ言葉を繰り返します。
「わかった。あなたはもうやりたくないのね」
(ここで終わればもののわかった母親なのですが)
「でもね」
「お母さんはあなたのためを思って言ってるんだよ」
「お父さんもお母さんも、一生懸命あなたの将来のことを考えているの! だから準備してきたの」
「あなたは、受けるって言ったじゃない。だから今さらここで、行きたくないなんて言って、努力をやめてほしくないの」
「これはね、全部あなたのためを思って言っているんだよ」
大体このような趣旨のことを言っているのですが、その言い方がすごい。
言っているうちに、母親本人がどんどん興奮してくるようで、当の娘さんのほうがひとことの発言もない。固まっています。
まるで母親が子供にからんでいる感じ。
何回も何回も同じ調子で、同じ言葉を繰り返します。
きっと、この母親はいつもこうなのでしょう。だから、娘も反論したらもっとひどいことになるのをわかって何も言わないのかもしれません。
だんだん声は大きくなってきて、私はその席にいるのが苦痛になってきました。
お母さんのほうを一回にらんだけれど、反応なし。知的な感じの女性でした。
娘さんのほうは、気の毒で見られなかった。
それにしても頻繁に出てくるのが、「あなたのためなのよ」「あなたのためを思って言っているの」という言葉。
「あなたのため」という押し付けです。
親は本当にそう信じているのでしょうが、これは違いますよね。
中学受験をして、いい大学に入ったら、多分いいことがあるのかもしれない。
きちんと話し合って、本人がそれを選択するのであれば、それでいいです。
でも本人の意志に関係なく、親が強要するというのは、それは親にもメリットがあるからなのでしょう。
成績の良い、〇〇大学出の子どもを誇りたいという親の欲求も否定できない。
子どもがアクセサリーになるわけです。
典型的な「教育虐待」だなぁ、と思いながら聞いていました。
この子が将来どんなふうに悩むかはわかりませんが、少なくとも、自分の本音を言ったらひどい目にあうということは学んでしまったでしょう。
母親の声を聞きながら「今日のコーヒーは残念だったなぁ」と思う頃、その家族の小さいほうの子が、「もう、やめて!」と幼い声で叫びました。
喫茶店中の人が、「そうだ!」と思ったに違いありません。
コーヒーを飲みながらゆっくり読書するのは、私のリラックスの時間です。
もちろん家で読書すればいいのですが、家にいると、「こんなことしている場合じゃない、あれをやらなくちゃ、あそこを片付けなくちゃ」と気が散るので、喫茶店のほうが集中できます。
さてその日は、隣に四人の親子連れがいるのには気がついていました。
他に席が空いていなかったので、とりあえず、その席へ。
本を読んでいると、隣にいる家族の母親の声がだんだん高くなってくるのに気づきました。
どうも小学校高学年(らしい)娘に説教しているようです。
どうやらこの子が、今まで中学受験に乗り気だったのに、「やめたい」と言ったらしいのです。
それに母親が猛然と反論・説得しているのです。そばにいる若いお父さんも、声は小さいながら「うん、お母さんの言うとおりだ」的な発言を時々します。
母親は、何回も同じ言葉を繰り返します。
「わかった。あなたはもうやりたくないのね」
(ここで終わればもののわかった母親なのですが)
「でもね」
「お母さんはあなたのためを思って言ってるんだよ」
「お父さんもお母さんも、一生懸命あなたの将来のことを考えているの! だから準備してきたの」
「あなたは、受けるって言ったじゃない。だから今さらここで、行きたくないなんて言って、努力をやめてほしくないの」
「これはね、全部あなたのためを思って言っているんだよ」
大体このような趣旨のことを言っているのですが、その言い方がすごい。
言っているうちに、母親本人がどんどん興奮してくるようで、当の娘さんのほうがひとことの発言もない。固まっています。
まるで母親が子供にからんでいる感じ。
何回も何回も同じ調子で、同じ言葉を繰り返します。
きっと、この母親はいつもこうなのでしょう。だから、娘も反論したらもっとひどいことになるのをわかって何も言わないのかもしれません。
だんだん声は大きくなってきて、私はその席にいるのが苦痛になってきました。
お母さんのほうを一回にらんだけれど、反応なし。知的な感じの女性でした。
娘さんのほうは、気の毒で見られなかった。
それにしても頻繁に出てくるのが、「あなたのためなのよ」「あなたのためを思って言っているの」という言葉。
「あなたのため」という押し付けです。
親は本当にそう信じているのでしょうが、これは違いますよね。
中学受験をして、いい大学に入ったら、多分いいことがあるのかもしれない。
きちんと話し合って、本人がそれを選択するのであれば、それでいいです。
でも本人の意志に関係なく、親が強要するというのは、それは親にもメリットがあるからなのでしょう。
成績の良い、〇〇大学出の子どもを誇りたいという親の欲求も否定できない。
子どもがアクセサリーになるわけです。
典型的な「教育虐待」だなぁ、と思いながら聞いていました。
この子が将来どんなふうに悩むかはわかりませんが、少なくとも、自分の本音を言ったらひどい目にあうということは学んでしまったでしょう。
母親の声を聞きながら「今日のコーヒーは残念だったなぁ」と思う頃、その家族の小さいほうの子が、「もう、やめて!」と幼い声で叫びました。
喫茶店中の人が、「そうだ!」と思ったに違いありません。
上野で見かけたレトロな風景
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