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感じと言葉、言葉と行動

精神療法家の訓練として、神田橋條治は「五感を研ぎ澄ますこと」をあげています。

現代の私たちは、あまりにも視覚優位の世界にいて、そのほかの感覚は鈍くなってきているようです。

そして多分、学校教育のせいもあるかもしれませんが、「言葉」にすることは得意。
あまりに言葉が巧みだと、その前にある「感じ」を見失ってしまう。

私なども、言葉人間なので、耳が痛いところです。

「内省が上手な人、内省が上手で感じたことがすぐ言葉になって『あぁ、ここ、こうこう、こうだ』とできる人は、現場ではだめなんですよね。いちいち考えるから。考えて、『わかった。よし、こうしよう!』と思ったときは、もう時代が過ぎてるから。一秒くらい(笑)」

「だからイチローとか、剣豪宮本武蔵とかああいう人たちは、言語が介入することがなくなるまでやるわけ。極真の百本組手っていうのもそうなの。考えが入ったらもうタイミングがずれてだめなのね。オートマチックに体が動くように、感じたらそのまま手が動くようにやるまで練習しないと」(神田橋條治)
<注・神田橋先生は精神分析出身のかたで森田療法家ではありません>

ここで考えました。
森田正馬も武道の達人だったのです。
柔術と居合です。

森田正馬も言葉のはさまる余地のない「動き」という境地を、その療法で目指していたのだろうと思います。

でも何しろ、神経症の人は、すべてのことに言葉がはさまる。
もちろん症状によってはさまりかたの度合いは違いますが・・・・。

こんな話を思い出します。
これは昔、森田正馬のところで学んだ和田重正という人が、機関紙に書いていたこと。
和田重正は、以前、足柄山に「一心寮」という子どものための施設を作って、そこで子どもたちの合宿をやっていた。
(余談ですが、この「一心寮」の少し下に、昔、生活の発見会の「足柄寮」というのがありました)

さて、そこで子どもたちに作業をさせるのですが、一人の子にまき割りをさせたときの話。
観察していると、その子は斧を持ったまま、ずーっとまきを見つめている。考えているのですね。
そして斧を持ち上げ、またじーっと考えている。
いつまでたってもまきを割らない。

この話を読んだとき、「ある、ある!」と笑ってしまいました。
あまりに印象的だったので、今でも覚えています。

何かをするとき、その前に、考えている時間が長いのですね。
でも、きっと本人は、自分がそんなに静止していたとは感じていないのでしょう。
頭のなかはすごく忙しかったはずですから。

感じをいちいち言葉にしないで、感じる。
そして行動に移す。

これも言葉で言うと簡単なのですが(笑)神経質の人にはすごくむずかしいことかもしれません。

いずれにせよ、五感を研ぎ澄ます、感じから出発する、ということがヒントなのでしょうね。



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プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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