与えること

「与える」とひとくちに言いますが、よく考えるとむずかしいことです。
でも今回は、この切り口から少し書いてみたいと思います。

というのも、神経症的な症状で苦しんでいる人たちは、「与える」ということがとても下手な場合があるからです。

「与える」と言っても「もの」を与えるわけではありません。(「もの」だっていいですけれど)
ほんの少しの気遣い、笑顔、「ありがとう」の言葉、たったひとことの挨拶。
それがあったら、ずいぶんご本人自身が変わってくるだろうと思うことがあります。

神経症のなかでも、どちらかというと「世慣れている」不安神経症タイプのかたは、ごく自然にこういうことができるのですが、それでも症状真っ最中のときには、それすら忘れてしまうこともあるでしょう。

本当は多分、とても温かいところがあるはずなのに、それを固く閉ざしてしまって、外に出さない人が多いのは残念なことです。
もちろん気がつかない場合もあるのでしょうね。
悩んでいるときは自分のことで精一杯ですから。

ただ、時として、自分自身の負けず嫌いから、そういうことをなさらないかたもいます。
神経症の性格特徴として「負けず嫌い」「すぐ損得勘定をしてしまう」ということがあります。
それはそれとして否定する必要はなく、活かせるところには活かしたほうがいいのですが、対人関係でそれを発揮してしまうと変なことになってきます。

時々「こちらから挨拶するのは負けることだ」とか「私のほうからわざわざそんなことをしてあげる必要もない」とか、頑なになっている場合も見受けられます。

あるいは人の目を気にして、「こんなことを言ったら変に思われるのではないか」「おべっかに聞こえるのではないか」「間が悪いのでは」「私などがこんなことをしていいのか」など様々な思惑から、結局「何もしない」人になっている場合もあります。

受け身であるということもあります。
やってもらうことには、あまり抵抗は感じていない様子。
実は周囲の人や環境からたくさん与えられているのに、それに気がついていないのかなとも思います。
当然のことと思っているかもしれない・・・。

たとえば、神経症のグループなどでは、「やってあげる人」と「やってもらう人」がくっきりと分かれていたりします。
気がつかない人は、いつまでたっても気がつかない。
動かない人は、いつも動かない。
そういうことをやんわりと指摘することも、「いやな人」と思われたくないので、なかなかできにくい。
そんなことが起こりがちです。

「よい人と思われたい」という目的で人にかまうのではなく、その場の人の居心地を考えるとか、その場のニーズを考えて行動してみる。
そんなことができるようになるといいですね。

ただ初めはむずかしいかもしれませんから、とりあえず、人に挨拶するとか、きっちりとお礼を言うとか、ひとこと声をかけるとか、そういうことから始めてみると意外に気持ちのいいものです。
(当たり前のことでもあるのですが)
症状を持っている若い人には、こういうことをやり慣れていない人たちが多いような気がします。

自分から能動的に他人に働きかけるということから、世界は開けてくる。
そういう行動のなかから、自分の症状を中心とした世界ではなく、「相手を見る」ことや「相手の気持ちを察する」こと、共感することが経験できます。
自分の思い込みも修正できるかもしれません。

いや、そんなことを目的にしたら、また間違ってしまいますね・・・。

「自分はそんなことは、ちゃんとやっている」と言うかたが多いかと思いますが、それならそれで、ほんの少し今以上に踏み出して、能動的に「与える」ということを実行してみる。
そうすると、どんなことが起こるか見てみるのも面白いかと思います。


茶器

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笑顔と挨拶

今晩は♪
ほんの少しの気遣い、笑顔、「ありがとう」の言葉、たったひとことの挨拶。
これは相手に幸せを与えますね。自分も幸せな気分になりそうです。
人への気遣いは誰にでもあるってお聞きして目からうろこでした。
あれこれ考えるのは対人のせいかと思っていたんです。
確かに気遣いがなかったらただの横柄な人になってしまいますものね。
調子がいい時には横柄になりやすいので要注意です。
先ずは人に会ったら笑顔と挨拶を実行して見ます。
主人には無理ですけど(笑)
-----------------------------------------------------
次の日の事です。
今日、店員さんとか色々会った人に笑顔と一言をしたら世界が変わりました。
一言が次へのつながりになり楽しくお買い物ができました。
少しの変化で人生は変わるんですね♪

Re: 笑顔と挨拶

ひまわりさん コメントありがとうございます。早速実行なさってみたんですね。こちらのほんの少しの態度で相手もずいぶん変わるのですよね。仏頂面の人にはこっちもそうなるのが、当たり前。でも、ひまわりさんのご主人は、ひまわりさんが不愛想な態度でも、まるで天使のように見えているのかもしれませんよ!

No title

本当にどれだけのことを、ものを、与えてもらってきたことでしょう。出会った方々に。今は差し上げる番だと思いつつ…

「自分から能動的に他人に働きかけるということから世界は開けてくる…」 こころがけよう。

おいしそうなお茶…(^^♪

ありがとう

「ありがとう」とうい感謝の言葉が、素直にいえるようになったのは、いつ頃かと考えてみた。多分、30代の頃にカトリック教会の信徒になって、毎日曜日に教会のミサに通い出したころかもしれない。
 教会では、信徒が笑顔で「ありがとう」の言葉をいう環境があり、そこで素直にいえるように学習したのだと思う。
 それまでは、「ありがとう」という言葉をいうのに抵抗があり、ぎこちなくいっていたように思う。

Re: No title

匿名様 コメントありがとうございます。能動的に関わるのが苦手な人は多いですよね。でも自分のなかに閉じこもってそれだけというのもつまらない。少しずつですね。

Re: ありがとう

sugi様 確かに周囲の雰囲気には、影響されますね。教会のような雰囲気のなかでは、自然に人に与えることができるのかもしれません。ということは、小さい頃の「家庭教育」の影響も大きいのかなと、ふと思いました。
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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