自分のなかの自然


前回のブログでは、自然環境の悪化について書いたのですが、本当は森田療法のなかにあるエコの考え方について書こうかなと思っていたのです。
どうも花粉症がひどくなって、不満を言うだけのブログになってしまいました。

その後、どうにも我慢できずに耳鼻科に行き、薬をもらって(私はあまり薬というものを飲まないのですが)飲んだら早速症状が消え、これもなんとなくこわかった。
こんなに効いていいものだろうか、という感じです。

花粉症については、実は今年の花粉症シーズンの始まりに殆ど症状が出ず、これは一年以上飲んでいた腸のサプリ(ビール酵母など)のせいかもしれないと、喜んでいたのです。
別に花粉症のために飲んでいたわけではないのですが。
ところが風邪をきっかけに治ったと喜んでいた花粉症が再発。
花粉症はそんなに甘くない。

腸内環境を良くして身体を健康にしようという方向は、自分の自然治癒力を活性化させて全体をととのえ、大きな病気を防ごうという方向性ですね。
ひきつづき来年に期待して、ビール酵母や乳酸菌をとり続けてみたいとは思っています。

さて森田療法は心の自然治癒力を活性化させる治療法と言われています。
森田正馬は、これを「自然良能」と呼んでいます。

森田は人間を「自然の一部」であると見ました。
あたりまえのことのようですが、西洋的にはこれは違う見方になるようです。
西洋では、一神教の神があり、神が自分に似せて人間を作ったので、人間は他の自然界から優越する立場にあると考えるようです。

それはさておき、森田療法が人間を自然の一部と見たというのはどういうことでしょうか。
つまり私たちは、自然によって生かされているというだけではなく、私たちのなかにも「自然」があるのだという考え方です。
そしてその自然は私たちを生かしている力でもある。

私たちの心もまた「自然」の一部なのです。
そして意識も感情も外界の環境に反応しながら、流転している。
それが自然なありかたです。

普通は皆そうやって心の自然な動きと共存しているのに、神経症の人は、どこかでひっかかってしまって、自分からその流れをせきとめて、ひとつのところで堂々巡りをしている。
神経症のかたがよく「閉じ込められている感じがする」というのは、そういう感覚を言っているのでしょうね。
ここから脱出するのは、ただ自分の「人工的な努力」をやめさえすれいい。
そうすれば、自然良能によってまた心は回復していくのです。

なぜなら私たちの心も身体も、必ず自分を生かす方向に動いているものなのですから。

「私たちの精神活動の進行は、自然にまた本能的に、自己保存に適応するような方向に流転しているものである」(本態と療法)

ではどこが人工的な努力だったのでしょうね?

答えは簡単。
生きていくうちには、私たちはいろいろなことを感じるのが自然。
そのなかには「嫌な感じ」もあり「不愉快な感じ」もある。
その自然な感じを恐怖して、なんとかして感じないようにしよう、自分にとって快い感じだけ感じたいとしたのが症状の発端ですね。

「嫌な感じ」も「不愉快な感じ」も理由があって出てくるもの。つまり自然なもの。
ただそこから逃げず、自分のなかの自然と自分の環境に臨機応変に適応していけば、そこに森田の言う「自然良能」が出現してくるわけです。

考えてみれば、自分のなかに自然があるというのは、素晴らしいことですね。
私たちは安心してそこに身をまかせていればいい。

「いや、身をまかせるなんて、そんな不安なことは無理!」と感じる方、自分の思考能力と自然とを比較してみましょう。
どっちが安心できるかわかりますよね。


夜桜

都会の夜桜 小石川播磨坂

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プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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