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森田療法が誤解される理由 その1

*台風19号で被災されたかたにお見舞い申し上げます。予期しない災害でお困りのかたも多いことと思います。なるべく早くもとの日常に戻れますようお祈りしております。


さてこのところ、長い間森田療法を自分で学習していながら、まったく楽になっていないという方々と接する機会が多くありました。

そのかたたちの苦しかった年月のことを思い、無駄にしてしまった時間を思うと、とても残念な気がしています。
なぜなら、森田療法による神経症からの回復は、それほど時間のかかるものとは思えないからです。

どうしてそうなってしまうのか、その理由を少し真剣に考えてみようと思いました。

森田療法に対する誤解の代表的なものは、これが「行動療法」的なものであるというとらえかた。
簡単に言ってしまえば、「なすべきをなす」行動をしていれば、「神経症の症状」は楽になっていく、というもの。

今回はそれについて、考えてみましょう。

実のところ、森田療法がそういうものだと言われていた時代もあったのです。
一見、とてもわかりやすいように見える。誰にでもできそうです。
必ずしも間違っているわけではなく、第一歩として行動から始めることも必要です。
それで楽になっていく人もいるでしょう。

けれど、森田療法はそういう行動と同時に、自分の自然な意欲・欲求を湧き上がらせる方向にその人を導くのです。
そのためには、自分の感じ、感情を大切にし、人間の心がどのように動いていくのかを理解し、自覚を深め、環境に適応していく、そして現実をしっかりと見られるようになることが大切です。

しかし、人間の心の機微に対して働きかけるそのような部分を全く飛ばして、とにかく行動する、努力する、湧き上がってくる感情を無視して突き進む。
これが森田療法だと思うのが、最も多い誤解ではないでしょうか。

湧いてくる自分の感情を嫌悪するのが神経症の人の特徴。
ですから、このいやな感じを消したい、行動したら消えると思って行動する。
そうすると必ず自分の気持ちに対して「症状は消えたかな?」というチェックが入る。これがますます症状を増悪させるのです。

ですからいくら行動しても、ちっとも楽にはならない場合も多いのです。

なぜそんな方向になってしまうのでしょう。
ひとつには森田療法に対する知識が偏っていること。

たとえばグループなどで、症状の苦しさを訴える。
そのとき神経質の人は「どうしたらいいんですか?」と必ず尋ねるのです。
苦しそうな相手を見て、先輩はやはり何とかしてあげたいと思う。
そんな時に「苦痛は苦痛のまま・・」などとは言いにくい。
そんな答えだったら、相手は「なんだ、楽にならないのか」とあきらめてしまうでしょう。
ですから、行動を勧めたり、生活を正していくアプローチをアドバイスしたりということになります。

私などもカウンセリングの際、最初はやはり身体を動かすアプローチをお勧めする場合があります。
でも、何回も来てくれれば、そのなかでだんだん森田療法の本当に意図することを伝えることができます。

けれど、これから深めてもらおうと思っても、悩んでいるかたがそこで学ぶのをやめてしまえば、「行動アプローチ」だけが森田療法と思ってしまうことも多いでしょう。

行動アプローチから森田療法に入っても、その行動を「義務」と感じたり、治すための行動であれば、その人の意欲は、いつまでたっても押しつぶされたままです。

そのあたりの機微を言葉で伝えるのはむずかしい。
最初はとにかく、「必ず楽になります」「森田療法はまだまだ先があります。離れないで学んでください」というしかないのかなと、思ったりします。



空

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どうすればを外す

先日は、瀬戸内支部研修でお世話になり、ありがとうございます。

岩田さんのお話の中で「自然にまかせる」というお話があり、「自己否定感が強いのですが、どうすれば自然にまかせられるのでしょうか?」と質問すると、

「どうすればを外したらいいんじゃない?」と岩田さんが答えて下さり、「本当にそのままでいるしかないんだなあ。自分と闘わなくていい、そのままでいいんだ。」と目が覚めるような気がしました。

平成17年に森田療法と出会い、すぐに辞めそうになりましたが、平成17年7月~9月に「純な心」についての記事を読んで、「この方に会うまでは・・」と続けてきました。

先日の瀬戸内で、その話をすると、先輩が平成17年7月~9月の本をくださいました。

11月2日、3日と東京基準型で一緒に学んだ方たちが関西に来てくださるので、この記事をみなさんにお配りしようと思っています。

Re: どうすればを外す

ともさん 瀬戸内ではお世話になりました。ともさんの情熱には敬服いたします。そうやっていろいろなところに出席したり、いろいろな人のお話を聞くことは、とても大事。「知識」のように一回では習得できなくても、経験を積み、そして学び続けていくことで、いつか大きな発見に行きつくと思います。今後も出会いを楽しんでください。

森田で楽になれるものなのですか……

(ある事情により、いったんは非公開でコメントしたものを、読者の方々にも読んでいただくため、公開の形で再コメントいたします)

「森田療法で楽になる」。そうした表現自体が、目から鱗……というか、別世界の言説のように感じられます。
森田には、「厳しくて辛い」というイメージしかありませんでしたから。
(ああ、でも考えてみれば。こちらはかなりキレイに治った、電話恐怖をはじめとした対人恐怖等の精神症状。それらに関しては、確かに楽になったと言えば言えるのでしょうか。主観的には、楽になったというよりは、池田数好先生の論文にある「落ち着いた沈んだ心的状態」に近い気がしているのですが。)

記事の続きを、楽しみにしております。

Re: 森田で楽になれるものなのですか……

ハナさん様 シェアをありがとうございます。楽にはなるのですが、楽になろうとすると、楽になれない。そういうものですね。

思ったこと

岩田さま

いつもブログを読ませていただいています

私も森田を知ってからもう30年近くなるけれどおそらく
楽にはなっていないまま
でもそれなりに人生を進んできたと思う感覚も出てきます


>そのあたりの機微を言葉で伝えるのはむずかしい。
最初はとにかく、「必ず楽になります」「森田療法はまだまだ先があります。離れないで学んでください」というしかないのかなと、思ったりします。

楽になる。この先がある。岩田さんの言われるこの感覚はどんなものなんだろうと思ってます。わかるようになりたい

私は発見会の場ではもうあまり症状は自分の症状のことは詳しく言いません。
(発見会も今はほとんど参加してませんが)

森田の解釈がバラバラでアドバイスや言われたことに自分が混乱してしまい自分を責めたり、スルーできなくてずっと言われたことが頭に残ってしまうから。。


最後は自分が症状があるなかでも納得できるように工夫して生きていくことかなと思います いやそんな言い切れなくててうんざりするときも事実でいいと思ってます

私の場合は、以前と違うのはまたやってしまった、まだよくならない葛藤する自分も全部含めてふっと起きていることは事実だか
とあきらめではなく自分を眺めているちいさな隙間ができたことです

困るのは感受性が強くて感情にのまれる時が一番苦しいです
(それも仕方ないのですが、苦しいものは苦しい)

言葉人間の私ですが なにか書いてみたくなって書いてみました

これからもブログ楽しみにしています

ご自愛ください


Re: 思ったこと

Pipi様 コメントありがとうございます。「楽になります」と書くと「楽になる」という言葉にとらわれる。そういうことかもしれませんね。いろいろなことを書くとまた混乱なさるかもしれませんが、カウンセリングなどで卒業されていくかたは「人生観が変わった」という面があるかもしれません。お書きになっているように「苦しいものは苦しい」。その不快さを排除しようとするか、これが人生と思って覚悟するか。そこの違いが大きいのかと思います。
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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