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神経質あるあるーー「かくあるべし」変換

森田療法は誤解されやすいと、よく言われます。
森田療法を誤解したまま嫌いになる人の話も聞きます。

確かに森田療法は誤解されやすいと、私も思います。
カウンセリングの過程でも、最初の「まず身体を動かしましょう」的なところを森田療法の全体と思ったまま中断してしまう人もいて、なかなか「感情」に対する癒しや平等観までたどり着かない。(これには自己洞察が伴うことも必要なので、むずかしいですね)
森田カウンセリングの難しさを感じるところです。

誤解されやすい要素のひとつに、森田療法の考えを「かくあるべし」でとらえてしまいがちな人が多いからということもできます。

森田正馬は自分の治療法をあまり理論的に語りませんでした。
それに比べると、海外の新しい認知行動療法などは、実に微に入り細にわたり理論を言葉にし、マニュアル化しています。

森田全集第5巻を読むと、しかし森田自身は極力、理論化(理屈に偏る)ことを避けているように読み取れます。
それは、彼が「神経質性格」の特徴を熟知していたからだと思われます。

神経質は「言葉」「観念」が先行する人たちです。
神経症の人が、必ず「治るにはどうしたらいいんですか?」と最初に問うのも、きっと「一番早くて近い道(マニュアルや公式)」がどこかにあるはずで、それに従っていけば治るはずだという考え方があるからでしょう。

この場合、自分の事実を真摯に見つめて、人生を再構築していこうなどという考えがないことが多い。

ですから、何か自分に納得できる言葉が見つかると「森田では~~すべきなんだ」と解釈して、それをひとつのポリシーのようにして遵守する。
それを仮に「かくあるべし」変換と呼んでみましょう。

もともと「かくあるべし」に悩まされて症状に至ったはずなのに、森田療法を学んで新たな「かくあるべし」が積み重なっていくという事態になります。
ルールを守るとか、決まったことに従うというのは得意なので、「苦しくても行動しなくてはならない」「とにかく努力しなくてはならない」「欲望を見つけなくてはならない」という「かくあるべし」に従って、どんどん苦しくなっていく。

これを森田正馬は「教条」と言いました。
この教条化を防ぐために、彼は比喩や具体例を多用して、真髄を伝えようとしたのです。

「~~しなければならない」というのは、森田療法ではありません。

大事なのは、行動してみたときに生まれる自分のなかの生き生きした感情、新しい発見、自分の心が動いていくこと。
それはマニュアルのように「こうしたら、こうなる」というものではありません。
予期せず、自然に自分のなかに生まれてくるもの。
意図して生みだすものでもありません。

「こうしなくてはならない」という形だけを追うのではなく、いいかげんでもいいから試してみて、内側に湧いてくるものに気づく。

森田療法はもっと自由なものであるはず。

森田を学んでいるかたは、自分のなかの「かくあるべし変換」がないかどうか、一度洗い直してみるのもいいかもしれません。

パンダツリー

パンダツリー、上野松坂屋
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プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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