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神経質あるある  「精神の拮抗作用」


以前に書きましたが、神経質の人たちは、なかなか「素直」になれないという面があります。
それはなぜかなと考えてみました。

実は、カウンセリングをしていても、神経症のかたがたと、他のお悩みのかたがたと、接するときの感触は微妙に違います。
もちろん性格が違うので、当然なのですが、神経症のかたにはなかなか言葉が入っていかない(感覚的な表現ですが)気がします。
ですから神経症のかたへの対応に慣れていて、他の性格のかたと相対したときに、あまりにこちらの言葉がすんなりと受け入れられるのにとまどうことがあります。
お豆腐に手を突っ込んでしまった感じ。

そのときには、「しまった」と瞬時に反省することになります。
相手を見極めないといけないのです。

それがなぜなのか。
つまり神経質性格のかたは「精神の拮抗作用」が、他の性格のかたより強いのです。

「精神の拮抗作用」というのは、森田療法独自の用語かもしれません。
何かを考えるとき(あるいは感じるとき)瞬時に、それとはまったく反対のことを考える傾向があるのです。

これは誰にでもあることなのですが、神経質は特にそれが強いのかもしれません。
「拮抗作用」が少ないと、相手の言葉を額面通りに受け取って詐欺にあうこともある。
拮抗作用があることで、盲信せずに、理性的な思考ができることになるのかもしれません。
それにしてもやはり、何でもほどほどでないと苦しいことがあります。

人にほめられた場合、素直に「うれしい!」と言えればいいのですが、かならず「いえ、そんなことありません」と否定する。
あるいは否定しないまでも、「これは絶対にお世辞に違いない」と心で思う。

それは拮抗作用で他のことを瞬時に思ってしまうからです。
何か新しい考え方に接したときに、「そうか」と思ったそばから「本当にそうかな」と思う。
「これ素敵だな」と思った瞬間に、「いや、他にもいいものはあるだろう」と思う。

対人関係においては、人に何かを勧められても、「なるほど、そんなにいいものなんだ。自分もそれを試してみよう」とは、あまりならない。

特に対人関係では、神経質は損得勘定、負け嫌いなどの要素もあって、なかなか相手の言うことをそのまま受け入れられない。
すぐに「本当かな?」と疑うし、素直に受け入れると負けたような気がして結果的に相手の言葉をスルーしてしまう。

「自分は疑い深い」「誰も信じられない」と言うかたが神経質には多いようです。

そうやって他人を信じられないということは、結局は自分を信じられないということに通じます。
何か思ったり、感じたりしても、拮抗作用でそれを否定して別のことを考える。
それをやっていると、自分が本当は何を感じ、考えているのか、あやふやになってくる。

自分があやふやだと、今度は外側の「皆がいいと言っているもの」や「有名なもの」「権威のあるもの」を頼るようになります。
そういうものを基準にしがちな面もあります。
(昔の森田療法は権威的と言われたことがあったのですが、以上のことを考えると、権威的であることが効果的な面もあったのかもしれません。時代は変わっているので、現代ではあまりに権威的だとかえって反発されることになります)

別に「精神の拮抗作用」が悪いわけではなく、それはただの自然な事実です。
ただあまりに強すぎる場合、やはり最初の感じ(純なこころ)をとらえる必要が出てくるのではないかと思います。

ほめられたら、最初の「うれしい」を感じ、ただそれだけにとどめる。
信用できそうな人が何か言ったら「なるほど」といったん受け止める。
反発は自然にあとから出てくるのですから、それは出てくるにまかせて、最初に聞いたことをまずは心にとどめる。

「精神の拮抗作用」は、神経質症状の形成にかなりの役割を果たしているような気がします。
またの機会に、もっと考察してみたいと思います。

コキア

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非公開コメント

No title

ほめられたら、「うれしい」けど、ほめられないのですもの(笑)

ま、やっぱり自己否定が強いかな。

拮抗作用は、ほどほどにする

岩田先生は、文書表現がうまいですね。
特に“お豆腐に手を突っ込んでしまった感じ”は、イメージがわきやすいです。
精神の拮抗作用は、ドアの施錠やガス栓などの強迫観念症の形成にはかなりの役割を果たしていると思います。
信用できる人の話はなるほどと納得してしまいます。
次の考察を楽しみにしています。

信用する事

 今晩は 久々に、書き込みします。
私は、疑り深いし、他人を芯から、信用出来ないです。それだと、…自分も信用出来ないのですね。確かに、そうだなと思いました。そうすると、他人と同じなら安心するとか、多数決とか、平均値とか、それらを参考にしたりして。今だと、ネットで、答えが多岐に渡ると、何が何だか、分からくなりますね。ACだと、子供の時に、親を信じられなかった経験もあるので、そうなってしまうのかなと思いました。
約束を破る、失敗する、裏切られるとか、自分は、凄く、傷付くのですが、自分も相手に対して多少でも…してるんですよね。
急には、変われないので、疑うのも、「純な心」として、(それは、そのまま)少しは、信じてみようと思います。

Re: No title

kaori様 きっとほめられていても、耳に入っていないんですよ!

Re: 拮抗作用は、ほどほどにする

sugi様 再度のコメントありがとうございます。確かに拮抗作用は強迫性障害の成因として、ひとつの役割を果たしていますね。科学的思考には必要な心性ではあるけれど、厄介なところもありますね。

Re: 信用する事

みかん様 無理に変わろうとはしなくていいと思いますよ。人をうさんくさいと感じることだって「純なこころ」ですものね。自分の感情を大事にしていれば、そのうち、誰が信頼できる人か自然にわかってきますよ!
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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