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前向き症候群

このところ、日本文化が人の心理にどのように影響しているかということに興味があり、その類の本を読んでいて、興味深い文章を見つけました。

「日本人と日本病について」(岸田秀、山本七平著)という、少し古い本ですが、こんなことが書いてあります。

第二次大戦中、日本軍はなぜか同じ間違いを繰り返し、米軍の前に敗退していった。
それを現在の時点から見ると、日本軍は叩かれても叩かれても同じ戦法を繰り返し、米軍はそれを見て取って新しい戦法で攻めてくる。
それで、日本軍はいとも簡単に敗退してしまった・・・というのです。

それはなぜか。

岸田秀先生の分析ですが、日本軍には「勇気フェティシズム」というべきものがあって、戦略・戦法よりも「勇気」とか「突撃」とか「特攻」とか、そちらのほうが重んじられた。
だから突撃することがまったく無駄と薄々わかっていても、部隊ごとそうせざるを得ない心情になってしまう、ということなのです。


「精神分析で、手段が自己目的化し、本来の目的より優位に立つのをフェティシズムという」のだそうです。
ちなみに「手段の自己目的化」って、「森田療法のすすめ」(高良武久著)にも出てきますね。森田神経質症の原因のひとつとして。
そうすると森田神経質症の人って、皆フェティストと名付けられるんでしょうか????

まぁ、確かに神経質症の人というのは、不安をとるという目的のために、たった一つの手段を選択して固執しているわけですね。


それはともかく、このような現象って、今でも見受けられるようで考えてみると面白い気がしました。


たとえば、現代で言うと、「ポジティブに生きよう」とか「前向きに考えよう」とかいう言葉が流行りで、ポジティブな考え方ができない人をますます落ち込ませていきます。

そんな言葉が流行ると、人はだんだん「前向きにならねば」と強迫的になっていきます。


わかりにくいので、簡単な具体例を出してみましょう。


ある小さな会合で、一人のボス的な人ばかりが発言している。

参加者の一人が、自分も意見が言いたい。
でも、ここで言うと、ボス的な人が仕切っているこの会合で皆の和を乱すし、多分排斥されるだろうと思う。

会合が終わると、意見が言えなかった自分を責める。
意気地がないとか、事なかれ主義だとか・・・。
そしてもっと前向きにならねば、と思ったりするのです。


でも、その会合に出ている目的は何なのか?

たとえ雰囲気が保守的な感じのところであっても、友人がいたり、そこにずっといたいという他の魅力があるのなら、その意見は言わなくてもいいのかもしれない。

まぁ、こういう保守的なグループも違う意味の「日本病」にかかっているのかもしれませんが、それは事実として存在するのでしかたがない。

もし自分ももっと表現したいということがあるのなら、前向きでないなどと自分を責めず、他の自由なグループで発言すればいいのです。


いつでも、どこでも、どんな場でも、前向きでなければならないわけではない。

前向きの姿勢というのは、何かの欲求のために自然に出てくる態度なのです。
前向きでいることが目的ではない。


いったい自分は何を欲しているのか?
(その欲求が前向きのものである必要もないのですよ! もっとゆっくりしたいとか、楽に生きたいということだってかまわない)

その欲しているもののためには、前向きであってもいいけれど、後退、撤退、迂回、逆襲、奇襲、方向転換、どんな方法だってとれるのです。


あなたが前向きでいたいのは、一体何のためなのでしょうか。

それを知ることこそが大事なのかもしれません。




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No title

コメント消える時がありますね。

いつだったか、記入、ここにさせていただいたのですが…

Re: No title

ラッパさん そうなんですか? めげずに送ってください。
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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