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少しだけ新しいことを

先日は、高知行のことを長々と述べましたが、実は高知へ行く前は気が進まなかったのです。
西日本での洪水のあとだったこともあり、それに加えて猛暑。
ひとつには、熱中症がこわかったというのもあります。

でも行ってみれば、なんのことはない。とても楽しい二日間を過ごせました。

この頃、こういうことが増えてきました。
何かいつもと違うことをする前は気持ちがのらない。
きっと不安と面倒くささを感じてしまうのでしょうね。

反面、日常的なやり慣れたことだと、別になんということなくできます。
あたりまえのことかもしれませんが。

けれど、世の中には次々に新しいことに手を出してみたり、いろいろなところへ行ってみたりしないといられない活動的な人もいます。

反対に、毎日毎週毎月、同じことを繰り返して、穏やかに暮らしている人もいます。
それが幸せと感じるのなら、それでいいのでしょう。

ただ、毎日同じような暮らしをしながら、自分のなかに何か物足りなさを感じる。
本当はもっと広い世界に出ていきたいと思っている。
そんな場合もあります。

そういう欲求がある人ほど、「穏やかに」暮らすことはむずかしくなります。
「本当はやりたいのにできない」という思いはストレスです。

そんなストレスを解消するために、決まりきったこと、でもなんとなく気持ちよいことに逃げたりします。
アディクションとまで言えないレベルでも、お酒を飲む、ギャンブルをする、ゲームをする、テレビを見続ける、つい甘いものを食べてしまう。
そんな癖があるかたもいるでしょう。

昔と違って生活は便利になっている。
休みが増えて時間もありあまっている。
そんな私たちは「退屈」というものをどうしていいかわからない。

けれど一歩踏み出すには躊躇する。
なぜなのでしょう。
きっと踏み出した後のことが心配。あるいは自信がないということも言えるでしょうね。

高知行きをためらった私は「体力に自信がなかった」からです。
同じように、自分の対人関係能力に自信がなかったり、人から変に見られるのではないかと心配だったりで、一歩を踏み出せない人もいるでしょう。

かといって、考えてみると、人生は一回きり。
まだ若い人にとっては、若い時期は一度だけ。

もったいないことです。

新しいことにチャレンジしないで、同じことを繰り返していれば、安全ですし、自尊心も傷つかない。

ただ、やってみると意外に簡単だったという場合が多いのではないでしょうか?
かえって新鮮な楽しさを感じたり・・。
はじめから大きなチャレンジを考えなければいいのです。

私も生活が惰性にならないように、時々、気を取り直して新しいことをしてみます。
たいしたことではありません。
ネットで調べて初めてのカフェやお店に行ってみる。
行き慣れた街のいつもとは違う地区を歩いてみる。
久しぶりの友人に声をかけてみる。

毎日同じことをしていると、頭のなかも同じループになってしまうような気がします。
時には、ほんの少しの新しい刺激を経験する。
そのことで、持ち前の好奇心が刺激され、もっといろいろなことがしたくなるかもしれません。

鎌倉にて

森田正馬没後80年記念行事(4)

本日は生家の次に訪ねた森田家の墓地の話。
森田家のお墓は、生家から少し離れた三宝山の麓にあります。

この三宝山は、森田が亡くなる一年前、最後の帰郷のときに近隣の人たちに担いでもらって登ったところです。

彼は、ここから故郷の景色を心ゆくまで眺めたといいます。
故郷・兎田が一望できる場所なのです。

現在の三宝山は、しかしかなり変化しています。
お墓の横に「三宝山トンネル」が掘られ、道路が通っています。
そして山頂には「シャトー三宝」という、西洋の古城を模した建物が建っています。

同行のかたが早速調べてくださったところによると、そこは昔遊園地とレストランだったところで、今は閉園になっているそうです。
ただお城だけは、住民の要望で取り壊さず残したということ。
「この違和感のある建物をどうして残す!?」と思ってしまいますが、そこは毎日見ているかたと訪問者の感覚が違うところなのでしょうか。

そしてお墓もまた変化しています。
最初にここを訪ねたときは、先にも述べましたように生誕100年記念事業のときで、全集編集委員の先生方と一緒でした。
お墓は緑に囲まれ、お墓の前に実のなる木があって(何の実かは定かではありません)、その実をもぎって食べた覚えがあります。
そして森田先生のお墓の後ろには、苔むした先祖のかたがたの古い墓石が並んでいました。

下が墓地の変遷です。
お墓の写真ばかり出てくるので、縁起恐怖のかたはお気をつけください(^^)

      森田墓地20032003年撮影

森田墓地2009 2009年撮影(同行のかたのもの)

森田墓地2018 今回撮影(2018)

2003年に行ったときは三宝山トンネルは工事中でした。
その工事に伴ってお墓を移動し、先祖の墓石を新しくしたようです。
苔むした墓石を新しくしたいのは子孫のかたがたの当然の気持ちでしょうね。

崖崩れの心配もあるのでしょうし。
ただ樹木がなくなっているのは、この照り返しのなかで、ちょっと気の毒な感じ。
これから植えるのでしょうか?

ちなみに2014年の様子がGoogle Map のストリートヴューで見られます。
2009年のものに近いです。
高知県香南市野市町兎田で三宝山トンネルの隣を探してみてください。
(関係ないけれど、GoogleCar って、こんなところまで走ってくるんですね。ストリートヴューを考えた人って頭のなかのスケールはすごい)

というわけで、今回森田先生の墓参もできて、たった一泊の高知でしたが、満足の想いで帰京できました。
同行してくださったのは、先般の森田ワークショップの参加者四人です。
お世話になりました。

こんなふうに、ものごとの変遷を感慨深く思うのは、私が歳をとった証拠でしょうね。
歳をとるというのは、そういう意味で面白いことでもあるのですよ。

皆様も歳をとることを楽しめますように(笑)!

森田正馬没後80年記念行事(3)

さて、実は墓前祭の始まる前に、野市の森田先生の生家と墓地とを訪問したのです。

今回の墓前祭、講演会のテーマのひとつに、森田の生まれ育った家の保存ということがありました。
これは本当に意義のあることです。

森田先生にまつわる東京の家とか診療所とかは、すべて無くなってしまっています。
残っているのは、この野市にある家と墓地のみ。

この家がなくなったら、お墓しかありません。

一時はこの家は、不登校の子たちのための施設として利用されていて「森田村塾」と名付けられていました。
その頃は人が出入りしていたので、お庭も手入れされていたのですが、このごろ荒れているという噂も聞きました。
でも、市のほうが保存に乗り出してくれているようで、少し安心しました。

下の写真は、私が2003年に行った時の全景です。
木がよく手入れされているのがわかります。

森田生家2003

森田生家2003年


今回は外から写真を撮っただけです。
次の日の生家訪問ツアーには行けませんでした。

森田生家2015


2003年と同じようには撮れませんでしたが。
庭木の手入れが今一つ・・・

この家の端には、高良先生揮毫の「森田生馬生誕の地」の碑があります。
下は今回撮影のもの。

森田先生碑


やはり微妙に変わっていますが、でもよく保存されていますよね。
そして、これが森田家の門。

門2015


もう何千人ものファンのかたが、この門の前で記念写真を撮ったでしょうね。
私も行くたびに同行の人たちと一緒に撮っております。

2003年には、この門の前に森田村塾という看板がかかっていました。

「森田生家の保存を願う会」も発足し活動しています。
古いものをなんでもかんでもこわしてしまうという風潮の今の日本。
この森田生家だけでも、そのままの形でのこしてほしいものです。

森田正馬生家保存を願う会

次はお墓の話です。


森田正馬没後80年記念行事(2)

さて、日本は最高気温を更新中!
私は元気に(笑)ブログ更新中。

高知で熱中症にならなかったので、少し自信がついたのかもしれません・・・。

15日午後の講演会ですが、まずはプログラムを見てびっくり!


プログラム2018


森田正馬のイラストでは有名な、タナカサダユキさんの絵ですが、森田療法の世界もずいぶんくだけてきたのですね。

また、会場の様子にも驚きました。
午前中は会場が小さかったので、300人という規模で、それでも今までにない盛況と思ったのですが、今度は高知県民文化ホールという大きな会場、それがそこそこ埋まっていましたので、多分1000人以上の聴衆です。

そのうえ、開会前に県立高知追手前高校の吹奏楽部のウェルカム演奏が・・。
(この高校は森田正馬の母校ということです)
そしてホールには、その高校生たちが書いた森田正馬の言葉が張り出されていました。

森田の言葉


またまた昔と比べて感慨深い・・・。
私が遥か昔、森田生誕100年記念事業で全集編集委員の先生方と、四国に同行してきたときには、郷土の人は森田正馬なんてまったく知らなかったのですが・・・・。

そしてまた、高知県知事、高知市長の挨拶がありました。

講演は、中山和彦先生、「高知文化財研究所」の溝渕先生、生活の発見会の奥村典彰さん、作家の帚木蓬生先生の充実したラインアップ。
私も朝から動いて疲れていたのか、中山先生の講演のなかで「雨」という曲が流れると、子守歌的に聞いてしまいました・・・。
いい歌でしたよ!

朝に続き、会場では、たくさんのかたにお会いしました。
その他、目礼だけしかできなかったかたがた、お疲れ様でした。

記念講演会2018


ここ高知で、盛大な講演会に参加して、森田療法が忘れ去られていくのではなく、むしろ少しずつでも広がっているのだという実感が持てました。

何事も、流れ、動いて変化していくのですね


(つづく)



森田正馬没後80年記念行事(1)

先週の7月14日、15日にかけて、「森田正馬没後80年記念行事」に参加のため、高知市へ行ってきました。

ちょうど、あの西日本の水害のあとだったこともあり、開催は大丈夫だろうかと思われたのですが、高知の雨量はかなりだったのに、高知市近辺では大きな災害はなかったようです。

東京でも毎日、死ぬほどの暑さが続いていますが、高知は南国ですし、もちろんものすごい暑さでした。
行く前は本気で「熱中症で死ぬのでは」と心配しました(^^;)

でも、なぜなんでしょう。
楽しいことをしている時には、暑くてもそれほどきつくないのですよね。

さて、この記念行事は「森田正馬没後80年記念事業会」主催で、共催には「日本森田療法学会」「(公財)メンタルヘルス岡本記念財団」「NPO法人生活の発見会」「生きがい療法ユニオン」「森田正馬生家保存を願う会」が名を連ねています。

まずは香南市野市町「のいちふれあいセンター」で開催された墓前祭。
15日(日)午前中です。


墓前祭2018


あまり良い写真が撮れなかったのですが、びっくりしたのは集まった人数の多さ。
300人を優に超える人数のかたが集まっていました。

昔の高知での森田正馬の知名度のなさを知る私としては、会場いっぱいの人の数には驚きました。
偶然隣にいたのが、いつもブログにコメントを書いてくださる六花さんでした。
他にも知っている顔がたくさん。

発見会の人、森田療法学会関係の人もいらっしゃいましたが、地元の人も多かったのではないでしょうか。
野市で開催されるということ自体、隔世の感があります。

弔辞も、いつもの森田療法関係のかたがたに加え、(うろ覚えですが)高知県知事、市長、香南市長など、地元のかたが読み上げました。
献花の時間があり、森田先生の遺影の前に白い菊を捧げます。
来賓だけかと思って落ち着いていたら、結局全員が壇上で捧げることになり、「スニーカーで来なければよかった!」などと慌てたりしました。
でも良い記念になりました。

とても印象深かったのは、最後の遺族による謝辞。
森田先生の曽孫という若いお医者様が読みました。
(ついでに言えば、森田先生は息子を亡くしていますので直系のかたはおらず、養子になさった甥御さんの家系のかたと思います)

そのかたは遠くから見ても、謝辞の紙を持つ手や足が震えているのがわかりました。
「このように緊張して震えております」と彼は言い、でも最後に「曾祖父の教えのように、欲望にのって行動することで、今は震えも小さくなり役割も果たせました」と締めくくられました。

もちろん盛大な拍手でした。

そんなこんなで、午前中の墓前祭は終わり、皆はタクシーやバス、車で、次の講演会場のある高知市へと向かったのです。

(つづく)
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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