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一番大事なもの

西日本の豪雨被害に遭われたかた、お見舞い申し上げます。
雨でこれだけたくさんのかたの命が奪われるとは、想像もできなかったことです。

どこかのニュースで地図を出していましたが、日本は全土、大小の川が網目のように流れているのですね。
水の国なのだと、改めて認識しました。

「日本沈没」という言葉がリアルに迫ってきます。

被害に遭われたかたがたも、きっと直前まで自分の家のまわりが洪水になるなんて思ってもみなかったことでしょう。
当たり前の平和な生活をしていたら、突然家を奪われる、命を奪われる。
災害とは、なんとも過酷なものです。

この異常気象、地震多発の現代では、誰もがいつなんどき、どんなことに巻き込まれるかわからない。

「一番大切なもの、それは時間」
とある心理療法家の言葉として伝え聞きました。
確かに、これだけは何をどうしても取り返しがつかない。

「いつやるの? 今でしょ!」という言葉が流行語になったのも、これに共鳴する人がたくさんいたからでしょう。

時間とは命です。動き、流れているから命がある。

ところが、なぜか私たちは、自分の時間はこの先ずっとこのまま続くだろうと、暗黙のうちに思っているようです。
「明日やればいいか」という言い訳は、私もよく自分に使ってしまいます。

「そのうち、お金ができたらやろう」とかも、人がよく言うことです。
どうも時間よりお金が大事と思う方がたくさんいるようです。
いくらお金をため込んでも、命がなかったらどうにもならない。
お金はそこまで大事なものでもないのです。

お金を使いたくないからじっとしている、というのも何か「人生」に対する考え方として本末転倒のような気がします。
じっとしているうちに、周りのものごとはどんどん変化して、チャンスは逃げていってしまう。

一瞬一瞬を大切に生きること。
未来の幸せを願うのではなく、今の幸せをめざすこと。

やりたいことがあれば、今すぐに始めること。
たとえそれがあまり良い結果に終わらなくとも、それは「経験」として残ります。
なんの経験も持てない、のっぺらぼうな時間を過ごすよりずっといい。

明日は何があるかもわからない、たった一度きりの時間。
繰り返されることは絶対にない時間。

「わからない未来」を不安に思うのではなく、「今、ここ」にしっかりと根付くこと。
「今、ここ」にしっかりと目を向けること。
そして踏み出してみること。

流れている時間に並走する生き方をしたいと、思ってみたりするのです。


長谷寺

 鎌倉 長谷寺

100%の自分

自分のなかに違和感を抱える感覚ってありますね。
私も若い頃あったような気がします。

なんだか「本当の自分」で生きていない感覚。
そんな感じを持っているかたは、意外とたくさんいらっしゃるのではないでしょうか?
もちろん、そんな感覚を持ったことのない人もいるとは思います。

人と明るくしゃべっているけれど、そういう自分がなんだか不自然で疲れる。
あるいは逆に、こんなに黙り込んでいるけれど、本当の自分はそうじゃないのに、と思う人。
周りの人に立派だと言われるけれど、実は自分はそうではないと思う人。
なんだかいつも不完全燃焼している、何をやってもむなしいと感じる人。

きっとそういう人はたくさんいて、でも、どうしたらいいかわからない。
解消できるかと思って、仕事に邁進したりする。
とにかく行動してみて、何か起こるかもしれないと期待するけれど、結局変わらない。

お酒を飲んでみると、明るく、大胆になれるようで、これが本当の自分かもしれないと思ってみたりする。
あるいは、ギャンブルをしていると、生きている実感のようなものが得られる気がする。
だからのめりこんでしまったりする。
次々恋愛を繰り返し、その高揚感で生きている気がする。

自分に違和感を覚えるのには、様々な原因があります。
養育環境で、無邪気な自分を認めてもらえなかったとか、期待される役割が大きくてその型にはまろうと努力しすぎてしまったとか。
本来の自分でいることが許されなかったとか。
あるいは、自分に対する自分の理想があまりに過大だとか。

なんだか別の自分が心のどこかにいるような感じ。
自分自身が囲いのなかにいるような感じ。

ここから解放されるのは絶望的と思う時期があると思います。

でも大丈夫です。
私は解放されましたから。

もちろんそれを一言では語れません。
ただ、多分その方法は、自分の「違和感」をどうにかすることではないようです。
むしろ、自分のなかの違和感も、困った性格も、依存的なところも、全部ひっくるめて100%の自分をひとまず見るところから始まるような気がします。

困った自分やどんよりした自分、いつも不全感を抱えている自分を、そこだけ治し、自分のなかから排除するという考え方では、永遠に広い世界にたどりつけない。

そしてまた、不完全でどんよりした憂鬱な自分を、自分自身の心の底から抱えることができるとき、不思議なことにその違和感は消えていくのです。

それがいわゆる「逆説」であり、森田療法で言う「あるがまま」の体験なのです。


ききょう2

森田療法を学び直したいかた歓迎します お茶の水セラピールーム

「夜明け前—呉秀三と無名の精神障害者の100年」(映画)

今回、友人からの情報で、上映期間中に間に合うようにと急いでこの映画を見に行きました。これは、精神医学者・呉秀三(くれ・しゅうぞう)の業績についての映画です。

呉秀三(1865~1932)は、東京帝国大学医学大学教授(現在の東京大学医学部)。
森田療法をよくご存じのかたにはなじみのある名前でしょう。

森田正馬は呉秀三に師事したのです。そして、森田正馬の神経質治療の独創性を認めたのも、この呉秀三でした。

呉は、日本の精神医学の基礎を築いたと言われています。森田だけでなく、精神医学の分野で多くの後進を育成しました。

そして何よりも大きな功績は、彼が当時の精神病者を拘束具から解き放ち、その待遇改善に尽力したということです。
そのために彼が調査し、その結果を発表した報告が「精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察」(1918)です。当時は、行政の許可を得れば、精神病者を自宅監置することができたのです。呉はしかし、治療も受けられずに自宅の座敷牢に劣悪な条件で閉じ込められている病者の実態を明らかにし、当時の「精神病者監護法」を批判しました。
 
ヨーロッパでは既にこの100年も前にピネルが、精神病者を鎖から解放していました。

呉は、この報告書で有名な言葉を書いています。
「我が国十何万の精神病者は実にこの病を受けたる不幸のほかに、この国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」

この映画は、呉のこの報告の意味と内容、彼の行った改革についてを、何人かの研究者が語っています。そして彼が留学したウィーン大学まで撮影に行き、彼の足跡を追います。

現代でも精神を病んだ子を自宅に閉じ込め、衰弱死に追いやったという事件が起きています。また、呉秀三が拘束具をはずしたはずなのに、精神病院での拘束死ということも起こっています。
そういう時代への問題提起として、この報告が書かれてちょうど100年という節目にこの映画が作られたのです。

重い内容ではありますが、見ることができるかたにはお勧めいたします。(東京渋谷のアップリンクにて上映中)

個人的な思い出になりますが、私はこの呉秀三の「私宅監置」の報告書をずいぶん若い頃に、故・長谷川洋三先生から見せていただきました。そのときはあまりの凄惨な内容にショックを受けたものです。
 
そして最近、森田正馬の「根岸病院看護法」の冊子が森田療法学会で話題になることもあります。
これは精神病者に対する看護人の心得として森田が書いたものです。
病者に対する虐待や不当な扱いを防ぐためでしょう。
森田正馬は根岸病院で、初めての試みとして患者をまじえて運動会をしたりもしています。

森田が恩師・呉の精神病者に対する人道的態度から、大きな影響を受けていたことが如実にわかります。
そして府立巣鴨病院(現・都立松沢病院)で呉が行った作業療法なども、あるいは森田入院療法のヒントになったのかもしれません。


弱力性と強力性

強力性とか弱力性などと書くと洗剤のことみたいですが・・・。

よく神経症(不安障害)になる人の性格特徴を言うとき、「強力性と弱力性」という表現を使うことがあります。
こういう矛盾したものが性格の中に同居しているので、それでその葛藤で悩みが深くなるのだと言われます。
(もちろん他にも特徴的な性格の要素はたくさんありますが)

具体的に言うと、神経症になるかたは、強烈な負け嫌いです。
つまり人より上に行きたい、人より優れていたい、もっといいものを手に入れたい、という心情があるかたです。

それ自体は、生きるエネルギーになるわけですから、あっても邪魔にはならない。
強弱の差はあれ、たいていの人が持っているものです。
けれど神経症になる人はそれが強い。

ところが、そのような「強力性」とともに、「弱力性」と言われるものもあわせ持っている。
その弱力性とは、ひとくちに言えば「気の小ささ」「小心さ」です。

強力性があるわけですから、自分のなかに潜むこの「小心さ」は、できれば見たくない。
小心さを自覚するだけで、負けたような気になってしまいます。

たとえば、誰よりも立派にプレゼンをしたいという強烈な欲求がありながら、そのプレゼンでの失態を死ぬほど恐れている自分もいる。
失態を恐れるというよりも、その失態から自分の気の小ささを垣間見られてしまうのが、死ぬほどいやなのです。

字を書くとき手が震えるのがいや(書痙といいます)で、人前で字が書けないという人も、手が震えるのが他の理由(たとえば筋肉が疲れているとか)なら自分を許せるのです。
けれど、手が震えるのを人に見られて「気が小さいなぁ」と心を見透かされるのがいやなのです。

たとえば、そこまで負け嫌いでない人は、「あぁ、自分は気が小さいなぁ」で終わってしまうでしょう。
でも、それをどうしても認めたくない。
その性格をなんとか直そうとする、あるいは隠そうとする。

自分の性格の事実を、違うものにしようとするわけですから、どうしても日常の言動が不自然になります。

少しぐらい強がったり見栄を張ったりすることは、誰にでもあります。
けれど、あえて一つのことに集中してそれを隠そうとするのですから、毎日がとても不自由になります。

上の例で言えば、人前でのプレゼンで緊張しないように努力する。あるいは、人前で字を書くとき震えないようにと思う。

自分の「強力性」と「弱力性」がそこでバトルを繰り広げているのです。

自分は気が小さいのだ。
こういう時は緊張するのだ。
そう認めてしまえば楽なのですが、それを認めるのが悔しい。

その悔しさもわかります。
でも、まったく小心さのない人などいないし、負け嫌いでない人もなかなかいない。

ただ程度の差だけなのです。

自分はそれほど特別小心なわけではない。
ごく普通の人なのです。(普通と言われるのはイヤかもしれませんが)

そんな自分の性格を、知っておくことで、すこしずつ自分の「ありのまま」でいられる方向へ進めるかもしれません。


あじさい

子どもの人間関係のコツ?

先日、電車のなかで、向かいの席に男の子に本を読ませているお母さんがいました。
子どもが本の中の字を「これ、なんて読むの?」とお母さんに聞いています。
多分、小学校一年か二年ぐらいの子でしょうか。

で、本の表紙が見えて、それでびっくり!
デカデカと「人間関係」という字が・・・。

子どもの本としては予期しないタイトルだったので、その親子に目がクギ付けになりました。
つまりどうもそれは、子どものための対人関係マニュアルの本らしいのです。

子どものためにそんな本が出ているんですね!
私が世の中から遅れているのでしょうか。

それで家に帰って早速Amazonで検索してみました。
それらしき本が見つかりました。
タイトルは「12歳までに身につけたい人間関係のコツ」。

かなりのベストセラーになっているようです。

考えてみれば、(私の世代は)学校で「人間関係」についてなんて教わっていません。
もしかしたら他の世代もそうかもしれません。
ただ抽象的に「人に親切にしましょう」とか「助けの要る人には優しく」とか、そんな感じではなかったでしょうか。

ちなみに言えば、学校って本当に社会で必要なことは、あまり教えてくれなかったような・・。
(今は違っていたらごめんなさい)

家事のやり方は習うけれど、家計をどう切り盛りしていくかとか、お金の使い方とか、世の中にはお金に関して詐欺めいたことがはびこっているとか、そういうことは習わなかった。
海外では株の運用のしかたとか、教わる国もあるそうですね。

人前で発表はさせられるけれど、どうしたら他の人にアピールするかとか、話のポイントの置き方とか、発声とかの練習もなかったような・・・。
アメリカではここらあたりは、かなり徹底的に教わるようです。

しかし、「人間関係」・・・・

ふと、小学生が「傾聴」しているイメージが浮かんできてしまいました。
相手の様子をじっと見て「そう、そうだったんだねぇ」とうなづくイメージ(笑)。
子どもらしくない!

しかし、子どもの頃から人間関係のコツを教わると人生が少し違った方向に行ったかもしれない。
「小さい時に教わりたかった」という人もいるかもしれません。
あるいは、あまりに早い頃にそんなことを教わると、表面的な社交ばかりうまい人間になってしまうかもしれない。

よく子供向けの学習サイトなどを見ると、昔学習していたことが、すごくわかりやすく理解できることがありますが、大人にとってもそんな効果があるかもしれません。

もしかしたらこのお母さんは、自分が学校でいじめにあったから、子どもには人間関係のコツを身につけさせて、それを回避したいのかもしれない。
不登校にならないようにさせたいのかもしれません。

その親子を見ながら、もう頭のなかにはいろいろなことが湧いてきました。
やがてその親子は降りていきましたが・・。

とにかく本を読まないうえでの感想なので、ご了承ください。
以下がその本です。


プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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