「ヒマ」があるということ

ゴールデンウィークです。お天気もいいようです。
大型連休になる職場もあれば、職種によってはまったく関係なく休日も出勤というところもあるでしょう。

それでも街はいつもよりのんびりした感じだし、繁華街はにぎやかです。

こんなふうにたっぷりと自分の時間がとれるときの感じかたは、きっと人それぞれでしょう。
「やった! 何をしようかな。旅行に行こうか、やりたかったことをしようか」と思う人が大半でしょうが、時間があればあるほど、悩みが深くなる人もいます。

「どうしよう。何もすることがない。誰かに声をかけたいけれど、皆遊びの予定で忙しそうだ」
こんなふうに感じる人は、長い休みの間になんとなく「虚しさ」や「孤独感」を感じてしまいがちです。

ついでに言えば、時折感じる虚しさとか孤独とかは、特別視して騒ぐ必要はまったくないと私は思います。
誰でも、ふとした時に感じることだし、たいていの場合は時間がたてば消えたり、また湧いてきたりするものです。

さて、こんなふうに虚しさを感じると、人はいろいろなことに逃げます。
お酒とかギャンブルとか、一時的に気を紛らわしてくれるものに手をつけます。

常時、同じことで気を紛らわせていると、それはもう「依存症」ということになります。
できれば、健康や財産に傷がつかないもので気を紛らわせたほうがいいでしょうね。

神経症の人も、ヒマになると、症状が悪化する場合があります。
特に頭の中でグルグルと強迫的な思考をする人は、ヒマであればあるほど自己否定感や、落ち込みがひどくなります。

余裕があると悩みが深刻になるわけです。

余談ですが、昔、「経済状況が悪化すると、神経症が少なくなる」という言葉を聞いたことがあります。
つまり、生活するのに必死で、自分のことなどかまっていられなくなるからという理由らしいです。
(これは「神経症」の人だけの話でしょうね。「うつ」の人は、働きすぎて「うつ」になる場合が多いので、逆に休むのが薬になります)

とにかく自己卑下、自己否定感の強い人、また不安の強い人にとっては、ヒマな時期はどんどん悩みが深くなってしまうという危険な時期です。

ヒマでやることがなくても、空想して楽しんだり、本を読んだり、映画を見たりという受動的なことをしているだけでもいいわけですが、なぜ悩むのかと言えば、つまり思考が自分のほうに向いているか、外に向いているかの違いなのですね。

ずばり言えば、神経症真っ最中の人は「自分のことばかり考えている人」なんですね。
そしてヒマな時は、それができる余裕があるわけです。

周りに視線を移せば、面白そうなこと、興味をひくことがたくさんあるはず。

せっかくのヒマな時間、いつもと違うことをやってみる良いチャンスととらえて実行してみると、何かが変化するかもしれません。


つつじ

不安や心配でお悩みのかた、ご相談ください お茶の水セラピールーム

プカプカ人生

いろいろなかたのお話を聞いていると、時々「なるほど」と、気づかされることがあります。

本日はそのなかのひとつ。
ブログに書くことは、ご本人了解済みです。

Aさんは(女性で主婦)小さい頃喘息で、夏休みの間は毎日、海での水泳教室に通わされました。
彼女は、「家庭環境が不安定だったし、父が煙草を吸うので、そのストレスで喘息になったのでは」とおっしゃっていました。

その水泳教室は、私の常識では考えられないすごいもので、海での遠泳のときなどは、18キロの距離を泳ぐのだそうです。
そして泳ぎながら、栄養補給におにぎりを食べたりしたのだそうです。

現在、Aさんは不安神経症ですが、パニックになっているときは、海の底で酸素ボンベをはずされるようなイメージだそうです。
「泳ぎをやめると沈む」という感覚にずっとつきまとわれています。

ところがその話をAさんが、夫にしたところ、Aさんの夫は「海なんて、プカプカ浮いとけばいいじゃない」と言われたのです。
夫にとっては、海は楽しいところなのです。

Aさんが、妊娠時、ひどいつわりで寝ていなくてはならなかったとき、彼女は「自分が何もできない。役に立たなくなった」と泣くほどでしたが、夫は「寝てていいんだから、自分なら『やった!』と思うけど」と言うのです。

面白いですよね、この考え方の違い。

それでは、Aさんの夫のほうは気楽に生きているかというと、職場では要職にあって、きちんとこなしていらっしゃるそうです。

悩みのなかにある人は、なんだか自分で自分に負荷をかけているようなところがあるんですね。
他の人が、優先順位をつけて、大切なところだけ手際よく片付けているのに、自分は100%を求めて、わざわざ仕事を難しくしているような感じ。
本当はそんなこと、必要ないのに。

わざわざ負荷をかけているので、疲れるし、そのものごと(仕事、家事、勉強)にとりかかるのがおっくうになる。
仕事にとりかかれば、「もっと、もっと」とやりすぎる。
時間もかかるし、精神的にも重くなる。

仕事を終わった後の反省も重くなる。

100%やらないと、何か大変なことが起こりそうな気がするけれど、でも実際はそうでもない。

「こうしなくては本当ではない」「こういう態度でいるべきだ」というような観念に支配されているだけなのですね。
それと、「十分やってすっきりしたい」という気分本位。

海の中、プカプカ浮いていてもいいようなところで、一生懸命足掻いている感じでしょうか?

能力もエネルギーもあるのですから、自分に負荷をかけるところばかりに使わずに、外側のものごとに向けていけば、かなりのことが達成できそうです。

煮詰まってしまったときに、この「海でプカプカ浮いている」イメージが、気持ちを楽にしてくれるのではないでしょうか?


八重桜

マリア・モンテッソーリ

本日は軽いお話。

「スマホを見ると時間のたつのも忘れて、寝る時間が遅くなる」「ネット検索をし出すととまらなくなる」とおっしゃるかたがたくさんいます。

現代ならではの悩みですね。

けれど、自分の悩みについては、ネット検索すると次々心配なことがひっかかってきて、「もしかしたら、私は〇〇ではないかしら?」的な不安がムクムクと湧いてきたりするものです。
こういうのは、「精神交互作用」になって、ますます悩みを深くしますので、症状がきついときは、やめたほうがいいようです。

もちろん、私もネットを見るととまらなくなる傾向があります。
どれだけ時間を無駄にしているんだと思いますが、面白いこともたくさん知ることができます。(と、肯定的にとらえることにしましょう!)

さて先日、ネットでマリア・モンテッソーリ(1870-1952)のことを検索しました。
森田正馬が自分の治療法に、モンテッソーリの考え方を取り入れたことは有名です。
(森田療法はもちろん、モンテッソーリの考え方だけでなく、禅や仏教、武道、ドイツ医学、井上円了からの影響など、様々な要素から成り立っているものですが)

私はモンテッソーリのことは、「子どもの意欲や自発性を引き出す教育をした女性」ぐらいしか認識していなかったのですが、この教育法が現代でも脈々と受け継がれているということを、今回のネット検索で知りました。

モンテッソーリは、イタリアで初めて女性で医者になった人だそうです。
おまけに女性差別的な当時の風潮をものともせず(というより相当苦しめられたようですが)シングル・マザーになりました。
先駆的な勇気ある人だったのですね。

さて、彼女の教育は子どもの感覚を発達させることによって能力を開発していくという方法。知的障害のある子や、貧困家庭の子を対象に、子どもの好奇心を喚起させ、能力を目覚めさせていく研究と実践をしたのだそうです。

森田正馬は、これに刺激を受け、自分でも14歳の知的障害の子を家に預かり、その子の知能を伸ばそうと実験教育をしたことがあります。

現代でも、様々なところでモンテッソーリ教育が受け継がれて実践されているそうです。もちろん日本でも。

で、私が検索中にびっくりしたのは、小さい頃モンテッソーリ教育を受けた人たちの錚々たる顔ぶれ。

アンネ・フランク
ジャクリーン・ケネディ
ビル・ゲイツ(マイクロソフト創立者)
ジェフ・ベゾス(アマゾン創立者)
サーゲイ・ブリン(Google創立者)
ラリー・ペイジ(Google創立者)
ジミー・ウェールズ(Wikipedia創立者)
ピーター・ドラッカー(社会学者)
ジョージ・クルーニー(映画俳優)
ウィリアム王子とヘンリー王子
藤井聡太(将棋棋士)

ここまですごいメンバーが並ぶと「え?スティーブ・ジョブスは違うの?」なんて言いたくなる。
この顔ぶれを見たら、もう効果だのエビデンスだのうるさいことは必要ないでしょう。

下手なお受験させるより、お受験予備校行かせるより、こっちじゃないですか?
自分は間に合わない、子どもも間に合わない、せめて孫でも・・・なんて考えてしまうかたがいるかもしれませんね。

今回はただのネットの知識ですけれど、幼児期の教育って大切なものだと、改めて認識した次第です。


春の花

一寸先は光

「一寸先は闇」という言葉がありますが、「一寸先は光」という考え方もあります。

(余談ながら、先日この言葉を思いついて、われながら良い言葉を思いついたと思っていたら、すでにいろいろなところで使われている言葉のようです)

さて、不安になりやすい人、心配しやすい人にとって、毎日はとても不安でドキドキするものです。
自分のこれからのこと、周りの人のこれからのことを考えると、いてもたってもいられないほど不安ということもあるものです。

特に新しいことの始まる季節、新しい職場や学校にかわること、何か新しいことに踏み出すこと、本当にこわいことです。
ありとあらゆるこわいことの可能性を考え、それが現実味を帯びてきます。
安心しようとしてネットなどを見ると、かえってたくさんのたいへんな経験談に気が滅入る。
もっと不安でたまらなくなる。

なんとか不安を振り払おうとすると、ますます不安になる。

そんなときは、「一寸先は光」と言葉に出してみましょう。

たとえたいへんなことが予想されようと、本当は先のことは誰にもわからない。
それを先人は「一寸先は闇」と表現したのでしょうが、なにも「闇」と表現しなくとも「光」でもいいわけです。
わからないんですから!

不安や心配は「悲観的予想」で、現実はたいていの場合、予想していたのとは全く違う展開になるものです。

時々、強迫神経症のかたが「楽観的な予測をすると、あとでそれが失敗したり、惨めな結果になったときにショックがますます大きくなるので、初めから悲観的なことを考えておきます。そうすると、いい結果になれば喜びが大きいので」とおっしゃることがあります。

これは一種の「気持ちの操作」ですね。
将来の気持ちの安定のために、今の気持ちをマイナスにしておくという、奇妙なコントロールです。
自分の「気分本位」で考えているだけで、現実のものごとを中心に考えてはいない。

起こってくる出来事は、ただの「事実」で、良いも悪いもない。
「自分がどう対処するか」だけです。
自分にとってショックな出来事も、「学び」にすることができるかもしれない。

あるいは、そこまで考える必要はないかもしれません。

不安で不安でたまらないときは「一寸先は光」と考えてみる。

そして「今、ここ」目の前のことに心を向ける。

私たちの周りにはやるべきことが膨大にあります。
目の前の仕事、学校の勉強、職場での仕事、家事。
ご自分の部屋や家は片付いていますか?

少し手をだしてみる。そして考えて、工夫してみる。

そうするとやがて心は流れて「ものそのもの」になっている。
未来のことは、それが起こってきたときに対処すればいいのです。

大丈夫です。
自分には対処する能力があると信じましょう。
今までがんばって生きてきたんですから。


今年のサクラ

不安や心配でお悩みのかた、ご相談ください お茶の水セラピールーム

頭のなかの強迫

ふと思ったのですが、神経症の物書きの人や芸術家はいるけれど、神経症のスポーツ選手ってあまりお目にかかったことがありません。

ずいぶんたくさんの神経症のかたにお会いしていますが、スポーツ万能という感じのかたはごくごく少数だった気がします。
筋トレなどをなさるかたはいますけれどね。

つまりですね、スポーツって瞬間的な反射神経を競うものなので、そこで突出するためには、あまり思慮深い人は難しいのではないかなと思うのです。
「考え」が入ってしまうと、そこでもう0.1秒くらい遅れてしまう。

逆に言えば、スポーツに夢中になれば、その瞬間には症状は消えるのでは?という仮説もなりたちます。
考えるヒマがなくなりますから。

何を言いたいのかというと、神経症の人は考えている時間が長い!
とにかく、頭のなかでは、いつも様々な想念が入り乱れ、一大叙事詩みたいなものが展開されているようです。

過去のことや、未来のことを「ああでもない、こうでもない」と考えに考えて、頭のなかで何とかしようとしています。

強迫性がありますから、同じ考えが繰り返され、ものごとは頭のなかで深刻化して、大変なことになってきます。

たとえば、ずっと学校へ行けないでいる人のことを考えてみましょう。
本当は行きたい、何とかしてまた復帰したいと切に願っている場合がほとんどです。
そんなとき、行きたければ行きたいほど、行けなくなる、という逆説的なことが起きてきます。

「行かなければならない」とあまりに考えると、そのことを何度も何度も考え、シュミレーションする。

そんなときは、楽観的な気持ちになどなれないので、状況がどんどん悲観的に見えてくる。
自分がうまくやれるようには思えない。
あるいは、行くことがとても複雑で面倒なことに思えてくる。
考えれば考えるほど、気持ちは重く、先に進むことは面倒臭く感じられる。

そうやって、出かける前に何時間でも悩むのです。

ところが、はたから見ていると、本人は何もせずボーッとしているように見えます。
それで、脇から声をかけたくなる。
「どうするの?もう行かなくちゃいけないんじゃない?」
そんなことを言われると、ますます本人のなかの「行かなくちゃ」願望が強くなり、それとともにグルグル思考が強くなります。

そして結局、身体は動かず、気持ちはどんどん悲惨なことになり、ずっと悩み続けることになります。

どうも強迫性のあるかたは、現実を自分の頭のなかで変形させて、気持ちに重しをかけているようなところがあります。

身体を動かして、先に進んでみると、現実はもっと簡単なことだとわかるのですけれどね。


ume


神経症でお悩みのかた、遠方のかたは電話相談もしております。お茶の水セラピールーム
プロフィール

Author:岩田 真理
心理セラピストをしています。臨床心理士。
昔は編集者をしていました。

森田療法が専門ですが、ACや親との問題は体験的に深いところで理解できます。
心のことだけでなく、文化、社会、マニアックな話題など、いろいろなことに興味があります。

もしも私のカウンセリングをご希望でしたら、下のアドレスにメールをください。
info@ochanomizu-room.jp

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